体の負担も少なく、整容性にも満足 乳がん手術と乳房再建手術

徳島大学病院

食道・乳腺甲状腺外科 形成外科・美容外科

徳島県徳島市蔵本町

徳島発の新しい乳がん治療を発信

乳がん治療は、あらゆるがんの中でも進歩が著しい。乳がん治療の最前線で日々診療にあたり、徳島から全国へ向け、新しい治療技術を発信し続けているのが、食道・乳腺甲状腺(にゅうせんこうじょうせん)外科教授の丹黒章医師だ。

「大学病院は標準治療の提供とともに、未来の治療をつくっていく役割を担っていかなくてはならないのです」

丹黒医師は、全国に先駆けた治療を数々考案してきた。その一つにCT(コンピューター断層撮影)リンパ管造影によるセンチネルリンパ節生検がある(写真1)。がん細胞が最初に到達するリンパ節で、リンパ節転移の「見張り番」ともいわれる。ここに転移が幾つあるかで手術の方針が変わる。

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写真1 センチネルリンパ節生検の画像

通常は、手術前に乳がん近くにラジオアイソトープや色素を注射して、それを目印に手術中に調べる。しかし、丹黒医師は手術前にリンパ管に注入した造影剤によって映し出された画像から腫れや大きさだけでなく、詰まりや滞(とどこお)りなどを確認し、手術方針を決める方法をとっている。

正確な診断を行うことで、腋(わき)の下のリンパ節郭清(かくせい)を省略して、腋の下の変形、腕の浮腫(ふしゅ)(むくみ)、知覚運動障害の回避を可能にした。

丹黒医師は、局所麻酔による乳がん手術も数多く手掛ける。全国的にも少ない手術だ。

乳がんに対する鏡視下手術も行う。これは、乳房に直接メスを入れることなく、小さな孔(あな)を開け、そこから手術器具を挿入して行う手術だ。小さな傷での手術を実現し、患者にとっては美容上のメリットもある(写真2)。こうした治療法によって患者の負担をかなり少なくしてきた。

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写真2 鏡視下手術による小さな傷

丹黒医師は本来、食道の専門家で、四国で初めて当院に導入した手術支援ロボット「ダビンチ」を駆使して、2013(平成25)年3月、日本初の食道裂孔(しょくどうれっこう)ヘルニアと胆結石の同時手術を行ったことでも知られる。

根治性と整容性の両立へ強力なタッグ

昨今、乳がん治療でクローズアップされているキーワードが「根治性と整容性の両立」である。がんを完全に切除すると同時に乳房をいかに元に近い状態に戻せるかということだ。

双方が満たされて初めて最良な治療だという認識が高まってきている。そんな背景もあって、2013年には、乳腺専門医と形成外科医が所属する「日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会」が設立された。丹黒医師も理事を務める。

「10年前は、乳房温存の重要性が盛んに言われていました。しかしその中には名ばかりの温存も多く、乳房は残っていても形がいびつなケースも数多くあったのです。その反省から、がんを安全に取り切ることも考え、乳房を切除してきれいに作り直すという考え方も出てきた訳です」(丹黒医師、写真3)

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写真3 丹黒医師による乳房の切除手術

そういう考え方が出てきたのは、形成外科が担う乳房再建手術の進歩がある。「根治性と整容性の両立」を実現するための強力なパートナーが、形成外科教授の橋本一郎医師だ(写真4)。

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写真4 橋本医師(右から2人目)による乳房再建術

「乳房再建には、自分のお腹や背中の組織を使って作る自家組織による再建とシリコンインプラントで作る人工乳房再建があります。従来、自家再建だけが保険適用でしたが、2013年9月に人工乳房による手術も保険診療でできるようになりました。このため体を傷つけることなく、乳房を再建できるハードルが低くなりました。今後は、がんを告げられたら、その時点でがんの手術と同時に乳房再建をするかを考える時代になってきました」

橋本医師はそう説明する。2015年9月の新外来棟完成に合わせて、乳腺外科と形成外科の外来が隣の部屋になることが決まっており、協力体制をさらに強固にできる。

「がんの治療の説明と同時に、手術後の乳房の再建についてどうするかを手術前に、患者さんは双方の医師と相談でき、双方の医師は協力体制で患者さんの治療にあたることになります」と丹黒医師も指摘する(写真5)。

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写真5 患者に手術法を説明する丹黒医師

乳房再建手術には、乳がん手術と同時に行う一次再建と、乳がん手術後、一定期間経過を診てから行う二次再建がある(写真4、6)。さらに、一次再建には乳がんの手術時に同時に行う一期再建と、ティッシュエキスパンダー(組織拡張器)を手術した胸の大胸筋の下に入れて、胸の皮膚と筋肉を伸ばした後に行う二期再建がある(図)。

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写真6 乳腺外科と形成外科の連携による乳がん手術(橋本医師)
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図 ティッシュエキスパンダーを大胸筋下に入れる

二次再建にも、ティッシュエキスパンダーを使う場合とすぐにインプラントを入れる場合がある。「一次再建、二次再建には、それぞれの長所短所があり、患者さんの病状や自家組織を希望するか、人工乳房を希望するかによっても、治療の選択肢はさまざまなので、患者さんとじっくり相談して決める必要があります」

そのためにも乳腺外科と形成外科の連携がスムーズだとメリットがあると橋本医師は話す。

移植手術の専門家

橋本医師は頭頸部悪性腫瘍切除後の再建も専門としており、丹黒医師と合同で行う食道再建や耳鼻科、脳外科、口腔外科との合同手術で数々の移植手術をこれまでに行ってきた。これらの手術で好んで用いるのが、筋肉を使わずに脂肪組織につながった細い血管を用いて移植する穿通枝皮弁手術(せんつうしひべんしゅじゅつ)という手術法である。これは高度な技術を要するが、手術を受けるものには有益なことが多く、この技術を乳房再建にも取り入れることで、手術方法においてより多くの選択肢を提供している。また、より安全な手術のために皮弁血行の研究を行っており、新しい治療技術としての確立を追求している。

iPS細胞による再生医療も

丹黒医師はiPS細胞を活用しての技術開発も考えているという。「iPS細胞では、機能を持った臓器が作れるため、例えば切除してしまったリンパ管を再生したり、乳腺を再生することで、母乳が出るという本来の乳房の機能を取り戻すことが可能になるかもしれない。将来、若い患者さんに『乳がんの手術をしてもお乳が出ますよ』と言ってあげられるようにしたいです」

新しい治療を開発する研究面、日々の治療にあたる臨床面、そして優秀な人材を数多く地元に根付かせる教育面、丹黒医師と橋本医師はそれらを担い、日々、努力を重ねている。そして、徳島県の乳がん医療のさらなる発展をめざしている。

更新:2022.03.08