脳卒中後痙縮に対するボツリヌス治療 脳卒中後痙縮

徳島大学病院

神経内科

徳島県徳島市蔵本町

脳卒中後痙縮とは?

脳卒中とは脳の血管が破れたり、詰まったりして、脳の細胞に酸素や栄養が届かなくなる病気です。脳血管障害ともいわれ、脳梗塞(のうこうそく)や脳出血、くも膜下出血(まくかしゅっけつ)がこれに含まれます。脳卒中では急に半身が動かなくなったり、ろれつが回らなくなったりします。脳卒中による障害は脳の障害部位によって異なり、麻痺(まひ)や、しびれ、言語障害などをきたします。麻痺した手足には、時間が経つと高い確率で痙縮(けいしゅく)が現れます。

以前、脳卒中は日本の死因の1位でしたが、現在は4位となりました。一見、患者数が減ったように見えますが、発症者数はそれほど減少してはいません。命が助かるようになった半面、手足の麻痺やそれに伴う痙縮、言語障害など後遺症に悩む患者さんがたくさんいます。

痙縮とは筋肉が緊張しすぎて、手足が動かしにくくなったり、勝手に動いてしまったりする状態のことです。痙縮では指が握りこんでしまって離れない、肘(ひじ)が曲がってしまって伸ばせない、足先が足の裏側の方に向いてしまうなどの症状があります(イラスト参照)。痙縮の治療にはリハビリテーション(以下、リハビリ)、内服薬、外科治療などがありますが、ここではボツリヌス治療を紹介します。

イラスト
脳卒中後痙縮のために肘が曲がり、膝や足が伸びている姿勢(ウェルニッケ・マン肢位)

ボツリヌス治療とは?

ボツリヌス治療とは、ボツリヌス菌が作り出す天然のタンパク質、ボツリヌス毒素を有効成分とする薬を筋肉内に注射する治療です。ボツリヌス菌は食中毒の原因として知られていますが、この治療は菌そのものを注射するわけではなく、感染の恐れはありません。ボツリヌス毒素は神経が筋肉を収縮させる指令を抑えることで、筋肉の緊張を和らげ、効果を発揮します。

ボツリヌス治療によって、痙縮が完全に消失するわけではありませんが、少しでも筋肉を柔らかくすることで歩行や手の運動などがしやすくなり、リハビリも行いやすくなります。

注意すべき点は、筋力を弱め過ぎると逆に動きづらさが悪化する場合があることです。痙縮のボツリヌス治療は、必ずリハビリと組み合わせることが重要で、リハビリを併用しないと単に筋肉の力を落とすだけの結果になりかねません。

脳卒中後痙縮に対するボツリヌス治療の実際

まず、患者さんの痙縮の重症度や、その分布、麻痺の程度などを診ます。また、痙縮が患者さんにとって有害か、そうでないかを判断し、治療した方が良いか診断します。治療した方が良いということになれば、筋肉のツッパリの程度や痛み、どの程度動くかを評価します。その後、診察や評価に応じた治療目標を決定します。

目標の具体例としては、痛みの改善、関節の変形の予防や改善、筋肉の痙攣の予防、運動機能の改善(腕を伸ばしやすくする、歩きやすくする)が挙げられます。同時に、治療後のリハビリの計画や評価方法などを検討します。これらの情報を患者さんと家族の方へ合わせて説明します。

注射する直前には、患者さんの筋肉の緊張状態を知るために、触ったり、見たりして、治療する筋肉を決定します。当院では、治療する筋肉が深い位置にあったり、作用の異なる筋肉が隣り合うような所では超音波や筋電計などを使って、治療しています(写真1)。治療が終了すれば、自宅での自主訓練の方法を説明します。

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写真1 上肢痙縮に対して筋電計を使用してボツリヌス治療をしているところ

治療当日の注意事項として、血流増加による毒素の分散を防ぐため、局所のマッサージや入浴、過度の運動は避けなければなりません。

ボツリヌス治療の効果は注射直後から現れるわけではなく、2~3日後から2週間前後で現れ、3~4か月程度持続します。効果がなくなれば、通常はボツリヌス治療を繰り返します。1回のボツリヌス治療では効果がはっきりしなくても、継続しているうちに徐々に良くなる患者さんもいます。治療効果やその効果の持続期間には個人差があり、患者さんに応じた治療方法が必要になります(写真2)。

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写真2 上肢痙縮に対する治療効果
患者さんが自分の右手の力だけで右肘を伸ばしきったところを治療前後で比較すると、治療後では、肘がたくさん伸びていることが分かる

現在、脳卒中後遺症は介護保険受給者の原因の1位を占めていますが、痙縮に対するボツリヌス治療によって介護負担の軽減が期待できます。

更新:2022.03.04