顔面神経麻痺
基礎情報
概要
笑ったり、目をつぶったり、口を尖らせたりといった、さまざまな表情を作る筋肉を表情筋(ひょうじょうきん)といいます。表情筋の動きをつかさどっているのは、脳神経の一つである顔面神経です。表情を動かす信号は、脳橋(のうきょう)と延髄(えんずい)の境界にある顔面神経核(がんめんしんけいかく)から、軸索(じくさく)という神経の枝を通って送られています。その信号が何らかの原因で途絶えると、表情筋が正常に動かなくなり顔面神経麻痺が起こります。信号伝達経路のどの部分に障害が起こったか、障害を起こした原因は何なのかによって顔面神経麻痺のタイプは異なり、その治療には、耳鼻咽喉科、神経内科、脳神経外科、形成外科など、さまざまな診療科が関わっています。
「ある日突然」に起こった顔面神経麻痺は、自然治癒することもありますが、治療を先延ばしにすると、確実に治療効果の低下につながります。顔面の異変を自覚したら、迷わず医療機関を受診しましょう。
原因
顔面神経麻痺のタイプは、中枢系(ちゅうすいけい)と末梢系(まっしょうけい)に大別されます。例えば、脳卒中を発症した後に表情がうまく作れなくなることがあります。こうしたケースでは、大脳皮質から顔面神経核までのどこかに問題が生じたことが顔面神経麻痺の原因と考えられ、このタイプを中枢性顔面神経麻痺と呼びます。
一方、顔面神経核から先の部分での障害を原因とする末梢性顔面神経麻痺と呼んでいます。
顔面神経麻痺のおよそ90%を末梢性顔面神経麻痺が占め、その中ではBell(ベル) 麻痺、Ramsay Hunt(ラムゼイハント) 症候群(ハント症候群)、外傷性麻痺、耳炎性麻痺の順に頻度が高くなります。
ベル麻痺の原因は、以前は不明とされていましたが、近年では単純ヘルペスウイルスの感染で起こると推測されています。ベル麻痺に次いで多いハント症候群は、潜伏感染した水痘・帯状疱疹ウイルスが免疫力の低下により再活性化することで発症します。外傷性麻痺は、側頭骨の骨折などによって生じ、耳炎性麻痺は、中耳炎(ちゅうじえん)が主な原因となります。
診断
中枢性顔面神経麻痺と末梢性顔面神経麻痺は、症状の現れ方で鑑別できます。中枢性顔面神経麻痺は、麻痺の程度がまぶたから下の部分に強く現れ、上まぶたから額には麻痺は見られません。対して末梢性顔面神経麻痺は、「片麻痺」という別称があるように、左右いずれかの顔面に麻痺が現れます。
診断には、問診が非常に重要です。麻痺以外にどんな症状が伴うかも診断に必須の情報です。難聴や耳鳴り、めまいの症状があり、さらに耳介や口腔内に帯状疱疹が見られれば、ハント症候群と診断できます。ただし、ハント症候群の中にはこれらの症状を伴わない「不完全型」もあるため、慎重な判断が必要です。また、難聴、耳鳴り、めまいのほかに耳の痛みを感じる場合は、耳炎性麻痺の可能性が高くなります。
診断に向けては、さまざまな検査が行われます。糖尿病や白血病などの全身性疾患を調べるための血液検査や、単純ヘルペスウイルスや水痘・帯状疱疹ウイルスなどの抗体量を測定する抗体検査などのほか、脳腫瘍や脳梗塞の鑑別には造影剤を用いた造影MRI検査が有効とされています。
こうした検査を用いても原因が確定できないものはベル麻痺と診断されます。実際は帯状疱疹ウイルスが関与しているハント症候群でも、帯状疱疹が顔面神経麻痺の後に現れるケースでは、ベル麻痺と診断されることもあります。
治療
治療のポイントは、できるだけ早く治療を開始することと、重症度に応じた治療を行うことです。
ベル麻痺やハント症候群などのウイルス性麻痺の急性期(発症から7日以内)治療には、神経浮腫(しんけいふしゅ)や炎症に対するステロイド薬と、ウイルスの増殖を抑制する抗ウイルス薬を投与します。神経の再生を促進させる目的でビタミン剤や循環改善剤も使用されます。薬の量や服用期間は、重症度に応じて適正に管理されます。
外傷性麻痺では、骨折や出血による神経の圧迫と循環不全が想定されるため、ステロイド薬や循環改善剤、ビタミン剤などが使用されます。
耳炎性麻痺の場合は、鼓膜(こまく)切開などの処置で膿(うみ)を取り除くとともに、抗生物質やステロイド薬、循環改善剤、ビタミン剤などが投与されます。
薬物治療で改善が見られない高度の神経障害には、顔面神経減荷術(がんめんしんけいげんかじゅつ)が適応となります。これは、炎症によって腫れて骨の中で締めつけられて、血流も悪くなった顔面神経を、主に神経周囲の骨を削ることで圧迫から開放し、血流の改善を図り、神経の変性をくいとめて顔面神経麻痺を治療する手術です。ただし、2か月以上経過してしまった場合は神経が変性してしまうため、手術の適応にはなりません。
更新:2022.08.25