北海道の最後の砦として災害医療の経験を生かす

札幌医科大学附属病院

高度救命救急センター

北海道札幌市中央区

コロナ禍の危機管理対応に生かされた今までの災害医療の経験

当院は北海道唯一の基幹災害拠点病院(*1)であり、他の33か所の地域災害拠点病院(*2)と協力して、災害への準備とともに災害医療対応の人材育成にも力を入れてきました。

具体的には、毎年開催される北海道DMAT(ディーマット)(災害医療派遣チーム)の養成研修である北海道医療従事者研修や、北海道ブロックDMAT実動訓練の企画・運営を行ってきました。また実災害でも2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震のDMAT派遣や2018年の北海道胆振東部地震で、北海道庁DMAT調整本部での災害医療の統括と札幌医科大学内に札幌医療圏DMAT活動拠点本部を立ち上げて、ブラックアウト(全域停電)の中で全道域の医療継続を支えた経験があります。

コロナ禍の医療体制で需要と供給が崩れる中で、医療につながらない患者さんを最小限にするために、新たなシステム構築や役割分担をし直す必要があり、まさに災害医療の危機管理対応の経験が生かされる活動でした。

*1 基幹災害拠点病院:地震・津波・台風・噴火等の災害発生時に災害医療を行う医療機関を支援する病院で、各都道府県に設置されている
*2 地域災害拠点病院:災害発生時に被災地内の傷病者の受け入れ、地域の医療機関や施設に医療チームを派遣するなど、災害時に混乱した地域内の医療活動の中心を担う役割を持った病院

札幌市保健所への人的応援

2020年4月、コロナ第2波時には北海道庁からの要請により、災害医療の経験豊富な人員(高度救命救急センターのスタッフを中心に他機関も含め)を1日4~10/人、札幌市保健所へ約4週間派遣しました。マンパワー不足の解消にとどまらず、災害医療の経験を生かして入院調整のシステム構築や医療機関の役割分担、保健所内外の調整を実施し、その後の札幌市の入院調整の礎となる体制を構築しました。

また、民間企業と入院患者情報共有システム(CovidChaser)を開発し、札幌市内だけではなく、後に全道で活用されるようになりました。第2波では医療機関以外に宿泊療養施設も隔離施設として開設され、医学的な面から立ち上げを主導しました。5月に入ると宿泊療養施設を処方箋発行可能な臨時医療機関として位置づけ、当院の医師が日勤帯は常駐、夜間はオンコール(*3)を受け、入院医療機関以外の医療提供体制を構築しました。この体制は現在(2021年11月時点)も継続されています。

第2波収束後は入院調整を保健所に引き継ぎ、サポートチームの支援は一旦終了しましたが、2020年11月の第3波時に再度札幌市保健所から北海道庁へ依頼があり、再びサポートチームを派遣することになりました。札幌市の第3波は予想を上回る感染者増加により、入院医療機関と宿泊療養施設のみで治療と隔離ができる状況ではなかったため、自宅療養や施設療養も含め、陽性者全体をどこでどう見ていくかという仕組みづくりに貢献しました。

具体的には、高齢者や合併症がある患者さんは無症状でも症状が軽くても入院という国の方針を調整し、本来入院すべき、酸素投与や点滴が必要な患者さんのみを入院としました。その代わり、急変時に対応可能な入院病床を確保し、宿泊療養や自宅療養の観察を強化したうえで、急変時にしっかり入院につなげられる体制を構築しました。

自宅療養でも宿泊療養と同レベルの内服薬の処方体制をつくることで、対症療法(*4)を可能にしました。さまざまな対策により、第3波は自宅待機や宿泊療養中に死亡する患者さんを出さずに乗り切ることができました。入院病床ひっ迫時には、当施設からの派遣医師が宿泊療養施設で、点滴や一時的な酸素投与を行い、危機的な状況を乗り切りました。今回の保健所での活動は自分たちで答えを見つけながら、それに向けて多くの課題を解決していく必要があり、これまでの災害医療の経験が生かされました。今後もこのような危機対応時に、活躍できる人材の育成が必要と感じているところです。

*3 オンコール:電話で現地にいる看護師に指示をする体制
*4 対症療法:病気の原因を治療するのではなく、発熱や咳、痛みなどの症状を抑えたり、苦痛を和らげるための治療法

コロナ治療最後の砦としてのECMO

当センターでは保健所や宿泊療養施設への人的支援と並行して、北海道のECMOセンターとしてCOVID-19最重症患者の集中治療を担ってきました。ECMO(エクモ)(Extracorporeal Membrane Oxygenation)治療は、重症呼吸不全患者または重症心不全患者に対して行う、治癒・回復するまでの間、呼吸と循環の機能を代替する治療法です。自身の血液を回路内の人工肺でガス交換(二酸化炭素を排出して酸素を吸収する)することにより、十分に機能していない肺ガス交換の代わりを担い、肺を休めることで人工呼吸器による圧損傷(*5)を防ぎ、その間に自分の肺の機能が回復することを期待する治療です。

治療には経験と多職種(医師、看護師、臨床工学技士等)の協力体制が必要であり、ECMO症例を集約化することで治療成績が改善するといわれています。当センターでは数年前から全道のECMO症例の集約化に向けて準備をしていたところでしたが、そこに今回のコロナ感染拡大が起こりました。2020年3月~2021年10月の期間に当院で治療を終了した、人工呼吸管理以上が必要だったCOVID-19重症患者さんは117症例で、生存は102症例(87%)でした。

他施設で既に人工呼吸が導入され、ECMOが必要と考えられたため転院してきたのは64症例でしたが、実際にECMOを導入したのは23症例(35.9%)でした。直接救急搬送も含めるとECMO導入症例は25症例あり、生存は19症例(死亡率は24%)でした。世界のCOVID-19に対するECMO症例の病院内死亡率は37.1%という報告があり、それと比べて当施設の死亡率24%は良好であり、集約化による経験の蓄積が好成績に影響していたと考えています。

また当施設から集中治療のエキスパートとして2021年6月には沖縄に1週間、2021年8~9月にかけては3週間で東京に3人の医師を派遣し、人工呼吸器とECMO管理のサポートをしました。このような活動が認められ、2021年10月には日本財団からECMOカー(写真)を寄附してもらいました。コロナ終息後も道内の呼吸不全の最後の砦として、ECMO症例を集約化することで北海道の高度急性期医療に貢献していきたいと考えています。

*5 圧損傷:気道内圧(口から肺に至る気道にかかっている圧力)により、肺組織が損傷を受ける現象

写真
写真 2022年2月から運行中のECMOカー

更新:2024.10.21