さまざまな症状を示す自閉スペクトラム症への最新治療
子どものこころ診療部
自閉スペクトラム症(ASD)とは
これまで、自閉性障害(自閉症)、アスペルガー障害(アスペルガー症候群)、広汎性(こうはんせい)発達障害、などと呼ばれていた障害群が、「自閉スペクトラム症 autism spectrum disorders(ASD)」として総括されるようになってきました(図1)。罹患率は36人に1人の割合(2.76%)とも報告され、日本の人口に当てはめると345万人以上、世界の人口では2億人以上もいる計算になります。
ASDの「スペクトラム」という言葉には、「連続体」といった意味合いがあり、重症の方から軽症の方まで、重度の知的障害を併存する方からむしろ非常に高いIQの方までいます。中核症状も周辺症状もいくつもあり(図2)、どの症状が強いか弱いかも人それぞれであり、ASDといってもいろんなタイプの方がいることが分かります。
中核症状
社会的コミュニケーションの障害
視線が合いづらい、他者の表情や気持ちが理解しづらいといった症状からは、家族間であってもこころが通い合っていないように感じます。
友人関係を作りたいのに、みんなとの波長が合わず浮いた存在になったり、いじめ問題になったり、自ら友人関係を作ろうとせず単独行動を好んだりする場合もあります。相手の立場になって考えるのも苦手です。言語面に関して、成長に伴ってもなかなか言葉が発達してこない方もいます。また、言葉の遅れがなくても、言葉の使い方がおかしい、字義的にとらえてしまい冗談や嫌味が通じにくい、家族と同じような方言を使わないといったこともあります。他者との社会的相互作用に関するさまざまな側面で、種々の症状が認められます。
限定した興味と反復行動
「こだわり」「想像力の障害」とも表現されます。同じことが反復されて起こることを好み、常同的で反復的な言葉を発し続けたり、同じ動作を繰り返したりします。自分の興味範囲が狭く、特定の物やことに強い関心を示し、その反復行動や情報収集を続けることで、高い能力を発揮することもあります。一方で、新しい環境や突然の予定変更には順応しづらく混乱しやすいです。自分が作り上げた空想やファンタジーの世界に没入することも多いです。
感覚の問題
当事者によると、一番苦しい症状のようです。聴覚過敏のために賑やかなところに外出ができない、病院にも受診できない、触覚過敏のために特定の衣類が着られない、味覚過敏のために好き嫌いの偏食が著しい、疼痛鈍麻で激しいけがにも気づきにくい、体内感覚の鈍麻で便秘・尿失禁になりやすい、時間感覚のずれから過去のつらい体験を現在も起きたかのような混乱を起こすタイムスリップ現象もあります。これらの症状も人それぞれです。
周辺症状
不安やうつ状態、不眠、イライラ、興奮など多数の周辺症状が出現します(図2)。どの症状が強く出るかによって、うつ病、不安障害、精神病など、別の障害と診断されてしまうこともあります。
当診療部での標準的な治療法
治療原則は「動機づけ」と「構造化」です。興味関心が限定されている本人に、周囲の者が良かれと思う行動を押し付けても本人は嫌がるだけです。本人の自主的な行動を促すために、日々の生活に重要な「動機づけ」を持たせるようにします。「構造化」は、想像することが苦手な当事者に、視覚化することで空間的にも時間的にも境界を明瞭化することです。物理的に自分のスペースを仕切ることも有効ですし、1日のスケジュール表の作成も効果的です。先の見通しができ、自信を持って自立的に動けることを目指します。
社会的コミュニケーションの障害においては、当診療部では、「ソーシャルスキル・トレーニング(SST)」「ペアレント・トレーニング」といったグループ活動のほか、個別のカウンセリングも行っています。これらでは、本人の望ましい行動を称賛などしながら望ましい行動回数を増やしていく応用行動分析(ABA)に基づいた支援などを提供しています。また、自分の気持ちや考えを言葉で表現することが苦手なので、自分の苦しみや不安などを言語化しながらまとめたり、言葉でなく絵など、ほかのもので表現したりすることも実施しています。特定の考えに固執して不都合が生じているときは、認知行動療法で違う側面からの考え方を学び不都合を解消していただくこともあります。しかし、原則は、ASDの方が周囲に合わせるのではなく、周囲の方々による本人の特性に合わせた環境作りが大切になります。
薬物療法としては、易刺激性に対してリスペリドン(リスパダール®)とアリピプラゾール(エビリファイ®)が近年認可されました。ほかにも漢方薬の抑肝散(よくかんさん)なども効果があります。タイムスリップ現象には、四物湯(しもつとう)と桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)を組み合わせた漢方薬が症状を改善することもあります。西洋薬よりも副作用が出にくいので試しやすいとも考えられます。
症状がさまざまあり、個々によって特性もさまざまで、本人の成長に合わせてその方に合った治療計画を探していく必要があります(図3)。成功体験を何回も経験してもらうことで、本人に自信を持ってもらい、自ら判断・行動ができることが治療目標となります。
当診療部では、国際的な診断基準(ADI-R、DISCO)や症状評価(ADOS)を用いて正しく評価し、治療計画を立て、ASDの方々とその家族のために、少しでも毎日が楽しく過ごせ、少しでも社会参画ができるように従事しています。
更新:2024.07.04