低侵襲僧帽弁形成手術-ロボット支援下手術への移行

藤田医科大学病院

心臓血管外科

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

僧帽弁と僧帽弁閉鎖不全症

心臓弁とは、心臓の中で血液が移動する際に出入り口の役割をする4つの弁膜の総称で、この弁が何らかの原因で変調をきたす疾患が弁膜症であり、国内では全人口の3%以上、推定400万人が罹患(りかん)しているといわれています。心不全の原因となるため、重症な場合は何らかの治療が必要とされます。

血液は、肺の呼吸により酸素を含んだ鮮紅色の血液に変化して心臓に流入します。僧帽弁(そうぼうべん)は、肺から心臓に血液が流入する扉の役割をしています。正常では、心臓が収縮して血液が全身に送り出される際には、僧帽弁がきちんと閉まり肺に逆流せずに出口である大動脈に向かいます。僧帽弁の病気ではその開閉の悪化状態で、
・開きにくくなる(僧帽弁狭窄症(そうぼうべんきょうさくしょう))
・閉まりが悪くなる(僧帽弁閉鎖不全症)
・閉まりも開きも悪くなる(僧帽弁狭窄症兼閉鎖不全症)と呼ばれる僧帽弁膜症が発生します。

ロボット支援下手術の主な対象となる僧帽弁閉鎖不全症では、血液が肺に逆流するために肺の血管に負担がかかり、呼吸が苦しく胸に水が貯まるなど、心不全症状が出現します。

僧帽弁形成手術

僧帽弁閉鎖不全症は不整脈の発症や心不全に直結するため、中程度の逆流では薬物療法を選択します。重症の場合は手術治療の対象となります。逆流を制御する方法には、人工弁にかえる人工弁置換術(じんこうべんちかんじゅつ)と、自分の弁を修復する弁形成術の2つの方法があります。現在では術後の成績の観点から、人工弁よりも自分の弁を手直しする弁形成術に軍配が上がっており、弁形成が困難であるか逆流の再発リスクが高い患者さんに人工弁置換手術を行っています。

ロボット支援下僧帽弁形成手術

一般の心臓手術は、胸の正中を25cmほど切開し、胸骨という骨を縦に切開して心臓に到達する方法(胸骨正中切開:写真1左)で行われます。

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写真1:左は通常の胸骨切開、右はミックス手術の手術創

この胸骨正中切開法は、心臓全体が視野に入り手術操作を直接医師の手で行うことができる心臓手術のアプローチ方法です。しかし傷には細菌感染のリスクが常にあり、心臓手術では胸骨の切開部の3%程度に細菌感染が発生するといわれています。この場合、骨の中の骨髄(こつずい)に感染が及ぶと全身に細菌感染が広がる敗血症(はいけつしょう)に陥り生命が脅かされることがあります。また、骨を切ると治癒するまでに数か月かかるために社会復帰の妨げとなることがあります。胸骨を切ることなく心臓の手術を行う試みが行われており、当科では2013年から右胸の横を4~8cm切開して肋骨の間から行うミックス手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery = MICS:低侵襲(ていしんしゅう)心臓手術、写真1右)を行っています。

この方法では、小さな傷で骨を切らずに肋骨の間から手術を行います。患者さんの体の負担が少なくなる、いわゆる低侵襲心臓手術として認知され始め、2018年から保険でも認められるようになりました。このミックス手術では、右胸から心臓への距離が遠いため一般の手術器具では届かず、糸を結ぶのも指が届きません。そのため20~30cmの棒状の手術器械を使って手術操作を行います。直(じか)に手で行うよりも時間がかかりますし、長い道具は体の中で曲げることができないため、手元で器具を器用に取り回すアクロバットのような動きが要求されることもあります。

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写真2:ロボット支援下僧帽弁形成術。左がロボット支援手術に使用するダビンチシステム。右図は手術の様子

これに対してロボットを使う低侵襲手術は、小さな穴から体の中に入るロボットの腕(アーム)と、人間の目のかわりに立体視できる3Dカメラを医師が操作して行う手術です。ロボットアームは体に入る部分に関節をもっており、繊細な動きをすることが可能です。ロボット支援手術は、これまでは泌尿器科や消化器外科領域を中心に使われてきましたが、2005年あたりから米国を中心に心臓手術でも始まり、国内でも2018年からロボット支援下弁形成術が保険で認められるようになりました。心臓ロボット支援手術は難易度が高いといわれており、麻酔科医師・体外循環技師・看護師とともにロボット手術チームを作って総力戦で臨む必要があります。

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写真3:心臓の中にある僧帽弁をロボットアームで手術を行っている様子。術者はコンソールと呼ばれるボックスに入り、遠隔操作で手術を行います

国内では、このチーム力や医師の技術力を担保するためにロボット心臓手術関連学会協議会を作り、その協議会で決められたトレーニング等を受けた施設と医師のみがロボット支援心臓手術を行うことができる仕組みとなっています。現在国内では、当院を含めて24施設でロボット支援心臓手術を行うことが可能です。ただし、心臓の状態や動脈硬化の程度などの観点から、ロボット支援手術を含めたミックス手術が不利な場合もあるため、治療前に精密検査を受けていただいて慎重に検討する必要があります。

僧帽弁閉鎖不全症と言われたら

僧帽弁閉鎖不全症に限りませんが、弁膜症の疑いがあるといわれた場合は躊躇せずに循環器内科医師に相談してください。患者さんの健康の回復に、心臓外科医がお役に立てるかもしれません。

更新:2022.03.08