進行性・再発性甲状腺がんの新規薬物療法

内分泌外科

進行性・再発性甲状腺がんの新規薬物療法

進行・再発した甲状腺がんの治療

根治(こんち)(※1)切除ができない進行性・転移性甲状腺(こうじょうせん)がん(乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、低分化がん、未分化がん、髄様(ずいよう)がん)に対して、2014年以降、3種類のマルチキナーゼ阻害薬が治療に用いられるようになりました。さらに、がんの種類ごとの遺伝子変異を標的とする新規分子標的治療薬も、次々と登場してきています。遺伝子検査に基づく個別化治療により有効性が高く、副作用が少ない治療が進歩しつつあります。

※1 根治:完全に治すこと。治癒

マルチキナーゼ阻害薬

がん細胞が、本来の正常な細胞の形態をどれくらい維持しているかの程度によって、「分化」「低分化」「未分化」などと表現します。正常な組織細胞に近い形態を保っている分化がんは性質が穏やか、一方の未分化がんは際立って悪性度が高いといわれています。

高リスクの分化がん(乳頭がん、濾胞がん、低分化がん)に対しては、甲状腺を全摘する手術を行ったあと、ヨウ素が甲状腺組織に集まる性質を応用した放射性ヨウ素内用療法と、甲状腺刺激ホルモンを抑制するために甲状腺ホルモン療法を行いますが、それでも治療効果は十分ではありませんでした。

かつては抗がん剤による薬物療法にも期待できませんでしたが、2014年以降は3種類のマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブ、レンバチニブ、バンデタニブ)が保険で使えるようになりました(表)。手術で取り切れないこと(根治切除不能)、放射性ヨウ素内用療法が効かないこと、進行性であることが、これらの薬の投与を考慮する要件になります。

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表 国内におけるマルチキナーゼ阻害薬の適応症と主な副作用

マルチキナーゼ阻害薬は、主にがんを栄養する血管の増生を妨げる作用で効果を発揮しますが、「表」に示すような副作用があります。さらに、出血や傷を治りにくくする危険性があり、注意が必要です。副作用の管理をしっかり行い、減量や休薬を含む対応によって、治療を長く継続することが効果につながります。

未分化がんと新規薬物療法

甲状腺がんの中で、最も治療が困難なのは未分化がんで、非常に予後(※2)が悪いことが知られています。未分化がんは、甲状腺がん全体のわずか1%程度であるにもかかわらず、甲状腺がんによる死亡の38.5%を占めているのです。

米国のMDアンダーソンがんセンターが、未分化がんに対する治療成績が、近年向上してきたことを発表しています。2000~2013年の未分化がん患者の生存期間中央値(※3)は0.67年でしたが、2014~2016年では0.88年に、2017~2019年では1.31年に延長してきているのです。

こうした治療成績向上の背景となっていたのが、ゲノム医療でした。甲状腺がんのがん細胞が持っている特有の遺伝子変異を見つけ、それを標的にした薬物療法を行ったことで、治療成績が向上してきたのです。

※2 予後:今後の症状についての医学的な見通し
※3 生存期間中央値:治療を受けた集団の中で、生存している人の割合が50%になるまでの期間

甲状腺がんのゲノム医療

甲状腺がんにどのような遺伝子変異があるのか、主なものはわかってきています(図1)。そこで、進行甲状腺がんで薬物療法の使用を考慮する場合には、がん組織を用いた遺伝子検査を行うことを勧めています。ある患者さんのがんに特有の遺伝子変異が見つかり、それに対応した薬剤がある場合には、それを使うことができるからです。

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図1 甲状腺がんに認められる主な遺伝子異常

腫瘍の遺伝子検査により、BRAF遺伝子変異が認められればBRAF/MEK阻害薬(ダブラフェニブ+トラメチニブやエンコラフェニブ+ビニメチニブ)を使用でき、RET遺伝子異常が判明すればRET阻害薬(セルペルカチニブ)、NTRK遺伝子異常があればTRK阻害薬(エヌトレクチニブやラロトレクチニブ)を使用できます。これらの遺伝子異常がない場合でも免疫チェックポイント阻害薬が適応となる場合があります(図2)。

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図2 現時点での甲状腺がんに対するゲノム医療の流れ

なお、RET阻害薬やBRAF/MEK阻害薬の適応を判断するためには、それぞれ専用の診断キットが用いられ、どこの施設でも行えます(コンパニオン診断)。一方で、がんに関する多数の遺伝子を一度にまとめて調べられる包括的ゲノムプロファイリング検査は、標準的治療がない、または標準的治療後に進行した状態で行うもので、がんゲノム医療指定病院で実施可能です。この場合、薬剤の選定にはエキスパートパネルという会議での検討が必要になります。

個々の患者さんに多様性のある甲状腺がんの臨床経過や適正な保険適用を考慮して、適切な時期と方法で遺伝子検査を行うことが重要です。

診療実績

進行・再発甲状腺がんに対する分子標的治療薬の投与を、年間15症例程度行っています。当院はがんゲノム医療連携病院であり、2019年より、甲状腺がんに対してもがんゲノムプロファイリング検査に基づく新規薬物療法を開始しました。

また、2022年よりコンパニオン診断の運用を開始し、RET阻害薬、BRAF/MEK阻害薬の治療を行っています。未分化がんに対するニボルマブとレンバチニブの併用療法の医師主導治験にも参加しています。

更新:2025.12.12