不妊症・不育症を対象とした着床前遺伝学的検査
女性診療科・産科

不妊症および不育症とは?
挙児希望(子どもを産むことを望んでいる)のカップルが1年以上妊娠の成立をみない場合を不妊症、2回以上の流産や死産を経験し、出産に至らない状態を不育症と呼びます。いずれの原因も多岐にわたり、検査によって原因が特定できない場合も少なくありません。
着床前遺伝学的検査には、胚(※1)の染色体数を調べるPGT-Aと、染色体の構造異常を調べるPGT-SRがあります。PGT-Aは、①生殖補助医療(ART)において2回以上の胚移植で妊娠が成立しない場合と、②2回以上の流産を反復した場合に行われ、PGT-SRは夫婦の染色体検査で転座(※2)を認める場合に行われます。異常のある胚を移植しないことで、流産率の低減とART成績の向上が期待されますが、累積妊娠率(※3)が改善するエビデンス(この治療法がよいと言える証拠)はなく、適応は慎重に判断する必要があります。
※1 胚:個体発生における、ごく初期の段階の受精卵
※2 転座:染色体の配列に異常が起きている現象
※3 累積妊娠率:体外受精などの不妊治療において、一定の期間内で妊娠が達成された割合を示す指標
不妊症の検査と治療
生殖年齢の男女が妊娠を希望し、1年間の通常の性交で妊娠しない場合を、不妊症と呼びます。不妊症の原因は排卵(はいらん)因子、卵管(らんかん)因子、免疫学的因子、子宮(しきゅう)因子、受精障害(じゅせいしょうがい)、造精機能障害、性交障害など多岐にわたり、どの段階の異常でも妊娠が成立しません。そのため、初めに卵巣周期に沿って、効率よくスクリーニング検査(ふるい分けの検査)を行います(図1)。排卵障害や内分泌検査異常には、薬物療法を開始します。不妊原因と考えられる婦人科器質的疾患には、手術療法を検討します。

不妊治療には、①タイミング療法、②人工授精、③生殖補助医療(ART)の3つのステップがあり、それぞれ4~6周期を目安としてステップアップしていきます(図2)。女性年齢が比較的若い場合は、体外受精に進む前に、腹腔鏡検査を行い、原因が解決されたら一般不妊治療を続けるという選択肢もあります。

2022年4月より、ARTを含む不妊治療の多くに、健康保険が適用されるようになりました。女性の年齢と不妊期間、不妊原因、社会的背景などを考慮し,どのステップから開始するか、何周期治療を行うかについて個別に判断します。ARTを導入して2回以上の胚移植で妊娠が成立しない場合、自費診療で行う後述の着床前遺伝学的検査を検討します。
不育症の検査と治療
妊娠しても2回以上の流産や死産を経験し、出産に至らない状態を、不育症と呼びます。不育症の原因は、抗リン脂質抗体症候群(約9%)や血栓性素因(けっせんせいそいん)(※4)(約12%)、子宮形態異常(約8%)、夫婦染色体異常(約4%)、甲状腺機能異常(こうじょうせんきのういじょう)(約10%)など多岐にわたり、組み立てた順序に従ってスクリーニング検査を行います(図3)。約65%は検査で異常が見つからず、その半数以上は偶発的な胎児染色体異数性であると考えられます。

それぞれの原因に対しては、次の通り治療を検討します。
・抗リン脂質抗体症候群、血栓性素因
ヘパリンやアスピリンによる抗血栓療法を導入します。
・子宮形態異常
流産とのかかわりが深い中隔子宮に対しては、子宮鏡手術を考慮します。
・均衡型相互転座やRobertson(ロバートソン)型転座などの夫婦染色体異常、胎児染色体異常の反復が考えられる原因不明不育症
次回妊娠における流産の反復を回避する目的で、後述の着床前遺伝学的検査を提示する選択があります。
※4 血栓性素因:先天的に血の塊(かたまり)を生じやすい
不妊症および不育症に対する着床前遺伝学的検査
不妊症、不育症の患者さんを対象とした着床学的遺伝学的検査には、①染色体数を調べるPGT-Aと、②特定の染色体間で起こる染色体の構造異常を調べるPGT-SRがあります。
体外受精によって得られた胚(図4a)で、将来赤ちゃんになる内部細胞塊から離れた部分の透明帯をレーザーで切開して突出させ(図4b)、その部分から細胞を5~10個ほどピペットで吸引し(図4c)レーザーで切離し(図4d)、遺伝子解析を行います。

●PGT-A
当院は、日本産科婦人科学会が主導したPGT-Aの特別臨床研究(2020年4月~2022年8月)に参加し、その後も学会の認定施設として継続してきました。
PGT-Aの対象となるのは、①胚移植で胎嚢(たいのう)(子宮の中で赤ちゃんを包む袋)が見えない結果を2回以上経験した不妊症の患者さん、②2回以上、胎嚢が見えたあとの流産を経験した不育症の患者さんになります。
●PGT-SR
PGT-SRの対象となるのは、夫婦のどちらかの染色体の構造異常(均衡型転座やロバートソン型転座)があり、流産しやすい体質を認める場合になります。
異常のある胚の移植を回避することで、流産率の低下、胚移植あたりの妊娠率の向上が期待されますが、累積生児出産率(※5)が改善するエビデンスはありません。
モザイク胚(正常な細胞と異常な細胞が混在)の移植を検討する場合や、PGT-SRの実施の際には、遺伝子診療科でカウンセリングを受けてもらいます。胚生検(はいせいけん)によるダメージが妊娠率に影響する可能性や、体外受精に伴うコスト(自費)の問題、合併症のリスクもあることから、不妊期間、流産回数、年齢なども考慮して、この治療が患者さんのメリットになるか慎重に判断しています。
※5 累積生児出産率:体外受精などの不妊治療において、一定周期内で生まれた赤ちゃんの割合を示す指標
当科の特色 女性診療科・産科
当科では生殖医療専門外来を設置し、複数の生殖医療専門医が中心となり、不妊症・不育症を専門とするスタッフが、精神的支援を含め挙児希望カップルに寄り添った診療を行っています。一般不妊治療から生殖補助医療までのすべてを網羅し、先進医療にも広く対応しています。
小手術室には超音波断層装置、子宮鏡装置、生体モニタリング設備を備え、培養室にはタイムラプスインキュベーター(培養器内の受精卵を外に出さないまま一定間隔で撮影・観察できる最新の培養器)とレーザー搭載の顕微鏡を設置しています。緊密な他科連携により、合併症のある方でも安心して不妊症・不育症治療を進めることができ、妊娠成立後はシームレスに当院での妊婦健診・出産が可能です。
診療実績
2022年1月から12月までの期間で、134人の患者さんが253周期の採卵を行いました。凍結融解胚移植を行った166周期のうち、妊娠反応が確認されたのは96周期(57.8%)、胎嚢が確認されたのは63周期(臨床妊娠率38.0%)でした。そのうち52人の方が出産または妊娠継続中です。
学会主導のPGT-Aの特別臨床研究(2020年4月~2022年8月)では、大学病院としては最多の94件の症例を報告しました。近い将来に先進医療B(未承認や適応外の医療品・医療機器の使用や、それに伴う医療技術など)の実施施設として認可され、保険診療との併用が可能となる見通しがあります。
更新:2025.12.12
