多発性嚢胞腎の新しい治療-新たな治療薬トルバプタン 多発性嚢胞腎

徳島大学病院

腎臓内科

徳島県徳島市蔵本町

多発性嚢胞腎とは?

多発性嚢胞腎は、腎臓の尿細管から嚢胞(液体の詰まった袋)が作られ、その嚢胞が大きくなっていく遺伝性の病気です(図1)。腎臓に嚢胞が増えて大きくなってくると、腎臓全体が腫大(しゅだい)し、お腹が張ってきます。また、腎臓の働きが徐々に低下し、嚢胞の大きくなる速度が速い患者さんは、最終的に人工透析が必要になる場合もあります。遺伝形式は常染色体優性型と常染色体劣性型がありますが、多くの患者さんが常染色体優性型となります。以下では「常染色体優性」多発性嚢胞腎について説明します。

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図1 嚢胞の形成過程

常染色体優性型多発性嚢胞腎は、性別に関係なく遺伝します。しかし、親戚・家族に患者さんがいなくても、突然変異として新たに発症するケースもあります。原因遺伝子はPKD1(16p13.3)とPKD2(4q21)が知られています。発症頻度は3000~7000人に1人とされ、国内の患者数は約3万1000人と推測されています。我が国の透析患者さんの透析導入原因疾患の3%を占めています。

診断は、家族歴と画像検査で腎嚢胞を確認します(写真)。腎嚢胞の確認は超音波検査で簡単にできますが、重症度や進行速度評価はCTやMRIが優れています。一般的に診断を目的に遺伝子検査は行われていません。

写真
写真 多発性嚢胞腎のCT画像/両側腎臓に多発する嚢胞を認める(矢印)

嚢胞は小児期から発生しますが、発症の早い時期は特に自覚症状がないため、腎臓の嚢胞に気付くことはまれです。加齢とともに嚢胞が増加してくると、次第に腎機能が低下し、70歳までに約半数が末期の腎不全になります(図2)。また、嚢胞の腫大により疼痛(とうつう)、腹部膨満などの症状や、血尿、タンパクなどの尿検査異常も認めることがあります。腎機能低下に影響する危険因子はPKD1遺伝子変異、高血圧の早期出現、血尿・タンパク尿の早期出現、男性、腎腫大進行速度、左心肥大、高度タンパク尿などです。

グラフ
図2 嚢胞増大と腎機能低下

腎臓以外のさまざまな臓器にも障害が生じてきます。肝嚢胞(肝臓は腎臓に次いで嚢胞が発生しやすい)、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)(脳動脈瘤破裂は嚢胞腎患者さんの死因の4~7%を占める)、心臓弁膜症、高血圧、膵(すい)嚢胞、腎結石、大腸憩室などが知られています。

一般的治療として降圧療法、十分な飲水、タンパク制限食が行われますが、腎不全の進行抑制には十分な効果があるとは言えません。

常染色体優性多発性嚢胞腎の新しい治療、トルバプタン

近年、腎嚢胞の増大抑制が期待されるトルバプタン(商品名/サムスカ)と呼ばれる新たな治療薬が使用できるようになりました。これまでの基礎研究によって「バゾプレッシン」と呼ばれるホルモンの作用によって、嚢胞が増大することが明らかになりました。バゾプレッシンが嚢胞に作用するには、腎臓の細胞に発現するバゾプレッシン受容体に結合する必要があります。

このトルバプタンは、バゾプレッシンの受容体への結合を阻害することで、嚢胞の増大を抑制します。嚢胞自体が消えてなくなるほどの効果は示されていませんが、嚢胞が増大することで腎機能が悪化し、透析療法が必要になるわけですから、トルバプタン投与で透析回避の可能性が期待されます。

ただ、使用には注意点もあります。トルバプタンの作用特性から、本剤を内服することで多尿となり、口渇、脱水、高ナトリウム血症となります。そのため、十分な飲水が必要となります。これまでの臨床試験(TEMPO試験)で有効性が確認されているのは、嚢胞で既に腎臓が大きくなっていて、その増大速度が速い患者さんです。そのため、患者さんの中でも、腎臓容積が750ml以上で、腎容積増大速度が1年あたり5%以上の人に限られます。さらに副作用の観点から、腎機能が既に低下している人(糸球体濾過量15ml/分/1.73m2以下)、肝臓の病気がある人、妊娠している人は内服できません。

実際の薬の投与については、医師の的確な診断・指導のもとで慎重に開始する必要がありますが、逆に、条件さえ満たせば問題なく開始できます。本剤は非常に高価ですが、2015(平成27)年1月から多発性嚢胞腎が難病指定となり、申請すれば医療費助成を受けることができるようになりました。これまで有効な治療がないとされてきた多発性嚢胞腎ですが、今後はトルバプタンによって腎不全進行抑制が期待されます。

更新:2022.03.04