神経疾患の新たな治療法をめざす再生医療~自身の細胞で~

札幌医科大学附属病院

神経再生医療科

北海道札幌市中央区

脳梗塞(のうこうそく)や脊髄損傷(せきずいそんしょう)のように中枢神経が損傷を受ける疾患の後遺症や、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)のように中枢神経が徐々に変性していく疾患には根本的な治療法が存在しません。しかし、間葉系幹細胞(かんようけいさいぼう)(MSC)を用いた治療が後遺症や変性疾患に対して、効果のあることが明らかになりました。現在、後遺症や変性疾患に苦しむ患者さんが、MSC細胞治療を通常の治療(保険診療)として受けられるための臨床研究(治験)が行われています。

写真
写真 左列上下:脳内の神経のつながりを表す図
中央上:体を動かす神経の走行を表す図
中央下:培養中の間葉系幹細胞
右列:脊髄損傷の1例

再生医療とは?

再生医療とは、病気やけがなどで傷ついた組織や臓器を修復し、その機能を回復する治療全般のことで、近年、研究が盛んに行われています。同じ性質を維持したまま、細胞自身のコピーを作る能力(自己複製能)と複数の細胞・組織に変化できる能力(多分化能)をもった細胞(幹細胞)を用いて行われます。

私たちは1990年代より脳梗塞、脊髄損傷、認知症など、多くの中枢神経疾患に対してさまざまな細胞を用いた再生医療の基礎研究を行ってきた中で、骨髄中に含まれる間葉系幹細胞(MSC)を点滴投与すると良好な治療効果が得られることを発見しました。

MSCはヒトの骨髄中に1000個に1個の割合で存在していて、神経細胞、骨・軟骨の細胞、血管の細胞、脂肪の細胞などに変化できることが明らかになっています(図1)。これまでの研究結果より、MSCが神経疾患に対して治療効果をもたらすメカニズムとしては、以下の効果があると考えられています(図2)。

図
図1 MSCの機能
幹細胞は①自己複製能、②多分化能をもっています
図
図2 MSC治療のメカニズム
(札幌医科大学整形外科HPより)さまざまな治療機序が重なりあい、治療効果を生み出します
(1)投与後早期:
①MSCが傷ついた神経部位へ集まる作用(ホーミング効果)、②MSCが神経栄養因子(*)を放出することにより傷ついた神経をさらなるダメージから護る、あるいは傷ついた神経周囲の炎症を抑え込む作用(神経への保護作用、受傷部位での炎症を抑える作用)、③傷ついて脆(もろ)くなった周囲の血管を補強し、神経周囲への悪影響を抑え込む作用(血管と神経の間のバリアを安定化)

* 神経栄養因子:神経細胞に外から働く水溶性の物質で、有益に働くものであり、複数の種類が確認されています。神経細胞が生存し続けるのに必要なものであり、幹細胞からの神経細胞への変化にも関与しています

(2)投与後中期:
④傷ついた神経同士を接続する電線(軸索)の修理(脱髄軸索の再有髄化)、⑤傷ついた組織へ周囲の血管から新たな血管を誘導する、さらにはMSC自身が血管に分化する作用(血管の新たな構築)、⑥傷つき断裂した神経の電線(軸索)を接続しなおすために、新たな電線を伸張する作用や健康な組織からの新しい電線のネットワークをつくる作用(神経同士の接続をよくするための働きの促進)
(3)投与後晩期:
⑦傷ついた部位に集積し、定着したMSCが神経系細胞へ分化する作用(神経の再生)。幹細胞を点滴で全身投与することで、傷ついた組織だけでなく、周囲の健康な組織にも細胞が届き、さまざまなタイミングで治療効果を発揮します。この点が通常の薬物治療と大きく異なる点であり、重要な点であると考えます。

実際の治療の流れは、患者さんの腰の部分に針を刺して、腰の骨から骨髄液を採取します。その骨髄液からMSCを選別し、1万倍まで増殖させた後、細胞製剤を製作し、点滴で患者さんの体に戻します(図3)。また、MSCによる細胞治療だけを行うよりも、リハビリテーションを一緒に行った方が治療効果をより高めてくれるため、集中的なリハビリテーションを細胞治療後に行います。

図
図3 患者さんの治療の流れ
(札幌医科大学整形外科HPより)

多くの患者さんが治療を受けられるように

脳卒中、脊髄損傷といった中枢神経に直接的な損傷を受ける疾患では、後遺症を残すことが多いため、その後の患者さんの生活そのものが大きく変化してしまいます。これらの後遺症に対しては、これまで根本的な治療法がありませんでした。そこで、多くの実験研究結果をもとに、脳梗塞の患者さんに対してMSC細胞治療を行う臨床研究(治験)を開始しました。その結果、MSC細胞治療が脳梗塞の後遺症を軽くする効果が明らかになりました。

現在、脳梗塞に対するMSC細胞治療を、通常の治療(保険診療)として多くの人が受けられるようにするための臨床試験を行っています。一方、脊髄損傷に関しては、治験を終了し、2019年5月より受傷直後の脊髄損傷に対するMSC細胞治療の保険診療が開始されています。(詳細は「世界初、脊せき髄ずい損そん傷しょうに対する再生医療を患者さんに届けたい」を参照)さらには、最近の実験結果から筋萎縮性側索硬化症のような、徐々に症状が進行する中枢神経変性疾患に対してもMSC細胞治療の効果があることを明らかにできたため、患者さんへのMSC細胞治療の臨床研究が開始されています。

現在、脳梗塞、慢性期脳卒中、慢性期頭部外傷、筋委縮性側索硬化症、認知症へと再生医療の対象疾患を拡大し、多くの患者さんが再生医療の恩恵を受けられるように、治験を進めています。

更新:2024.09.23