種類と危険度に応じた甲状腺がんの治療

内分泌外科

種類と危険度に応じた甲状腺がんの治療

甲状腺がんとは?

甲状腺(こうじょうせん)がんには種類(病理組織型)があり、種類によって特徴が全く異なります。診療にあたっては、どの種類なのかを見極める必要があります。多くは大人しい性質の乳頭(にゅうとう)がんという種類で、病状によっては手術せずに経過観察することも可能です。一方、乳頭がんの中でも浸潤(しんじゅん)(がんが周りに広がっていくこと)や転移が激しい場合は、手術に加え、ヨウ素が甲状腺組織に集まる性質を応用した放射性ヨウ素内用療法などの補助療法を行います。種類と同時に再発やがん死亡の危険度(リスク)を評価して治療法を選択することが大切です。

甲状腺がんの種類と特徴

甲状腺がんは、男性よりも女性に多いがんです。とはいえ、ほかのがんと比べると決して多くありません。死亡者数も非常に少なく、甲状腺がんは「亡くなることが少ないがん」といえるでしょう(表1)。

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表1 甲状腺がんの罹患者数と死亡者数
(国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」〈全国がん登録、厚生労働省人口動態統計〉、全国がん罹患モニタリング集計 2009-2011年生存率報告〈国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター,2020〉、独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書をもとに作図)

発症ピークは60歳代ですが、20~30歳代の若い世代にも見られます。首のしこりやリンパ節の腫(は)れから見つかることがあるものの、ほとんどは自覚症状がなく、人間ドックなどで偶然見つかっています。甲状腺がんが疑われたら、超音波(エコー)検査をし、がんの疑いが強い場合に細胞診(※1)を行います。がんとわかったら、CT検査やMRI検査で詳しく調べます。

ひとくちに甲状腺がんといっても、種類(病理組織型)によって特徴は全く異なります。甲状腺がんの種類と頻度、特徴を「表2」にまとめました。どの種類かによって対応も異なりますが、治療は手術が基本となります。がんのある場所や大きさ、転移の有無などによって切除する範囲が決まります。浸潤・転移のない小さながんは、傷跡が目立たない内視鏡手術が適応になる場合もあります。

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表2 甲状腺がんの種類と頻度、特徴

※1 細胞診:病気が疑われた部分から取った細胞を、顕微鏡などで調べ、何の病気であるかを診断すること

乳頭がんの危険度に応じた治療法

甲状腺がんの9割以上を占める乳頭がんの多くは、進行が緩やかな危険度の低いがんです。乳頭がんの患者さんには、治療開始前のリスク評価(超低リスク、低リスク、中リスク、高リスク)に基づいて診療方針を決定します(図1)。

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図1 甲状腺乳頭がんのリスク評価に基づく当院の診療方針

腫瘍(しゅよう)が小さく、浸潤や転移が明らかでない低リスクがんには、甲状腺を半分残す葉切除(ようせつじょ)を行い、追加の治療は行いません。これで90%以上の患者さんは再発も起こさず、甲状腺がんで亡くなる方は1%未満です。

一方、腫瘍が大きく、浸潤や転移の目立つ患者さんは、高リスク(再発やがんによる死亡の危険性がある)と考えられるため、甲状腺全摘手術を行い、放射性ヨウ素内用療法や甲状腺ホルモン療法といった補助療法を行います。

また、乳頭がんはリンパ節転移を起こしやすいので、手術の際にはその広がりに応じたリンパ節郭清(せつかくせい)(※2)も併せて行います。甲状腺の手術では、「表3」に示すような合併症を起こすことがあります。

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表3 甲状腺手術の主な合併症

※2 リンパ節郭清:手術の際にがんを取り除くだけでなく、がんの周辺にあるリンパ節を切除すること

超低リスク乳頭がんの経過観察

さまざまな理由で亡くなった人の甲状腺を解剖すると、10人に1人は、生前には気づかなかった小さな乳頭がんを持っています。一方で、生涯のうちに乳頭がんを発症するのは1,000人に1人以下です。乳頭がんにはこのように、生涯潜伏したまま、人体に害を与えず経過するものも少なくないことが知られていました。

近年、甲状腺がんの患者数は増加傾向にありますが、死亡者数は横ばいです(図2)。これは、以前なら一生涯、気づかれなかったような小さくて無症状の乳頭がんが、頸動脈(けいどうみゃく)超音波検査など首の検査を受ける人が増えた結果、偶然に見つかることが多くなったためと解釈されています。

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図2 甲状腺がんの年齢調整罹患率と死亡率の推移
(国立がん研究センタがん情報サビス「がん統計」〈全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ)、厚生労働省人口動態統計〉をもとに作図)

1cm以下の浸潤・転移がない成人の超低リスク乳頭がんに対して、手術をせずに経過観察する臨床試験が1990年代から日本で始まりました。その結果、約4,000件の約9割は進行しませんでした。がんが少し大きくなった場合も、その時点で手術を行えば、その後に甲状腺がんのために亡くなった人はいませんでした。こうした結果を受けて、超低リスク乳頭がんの非手術経過観察は、妥当な治療選択肢として世界中で行われるようなっています。

超音波検査をきちんと実施し、腫瘍の大きさだけでなく、浸潤・転移の有無を正しく診断することが重要です。明らかなリンパ節転移がある、がんが気管や反回神経(声帯を動かす神経)に浸潤する可能性があるなど、危険度が高い場合は手術を勧めます。超音波検査は、開始1~2年間は半年ごと、進行がなければその後は1年ごとに行います。「○歳で終わり」「○年見れば大丈夫」というエビデンス(証拠)はないため、状況が許す限り、生涯にわたる経過観察が推奨されていますが、年齢が高いほど進行する確率は低くなります。

当科の特色 内分泌外科

熟練したスタッフが、病理医や内分泌内科医、放射線科医、腫瘍内科医との良好なコミュニケーションのもと、精確な診断に基づき、甲状腺がんの種類と危険度に基づいた治療や、進行・再発甲状腺がんの治療を行っています。

患者さんへの説明は「シェアード・ディシジョン・メイキング(意思決定の共有)」の理念に基づき、患者さんが納得できる選択ができるよう、医師は患者さんと医学的情報を共有し、一緒に治療方針を決めていきます。

私はがん専門病院での20年のキャリアがあり、進行甲状腺がんの診療経験が豊富である一方、日本で最初に超低リスク乳頭がんの経過観察を始めた1人です。また、未分化がんに対する全国研究組織である甲状腺未分化癌研究コンソーシアム((未分化がん)についてはこちら)の創始者の1人です。]

診療実績

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図3 最近の当科における甲状腺がん年間手術件数

更新:2025.12.12