個別化医療を目指して がんゲノム医療~愛媛にプレシジョン・メディシンを

四国がんセンター

臨床研究センター 呼吸器内科 消化器内科

愛媛県松山市南梅本町甲

がんとゲノム

人間の体は、およそ37兆個の細胞によって出来ています。これら細胞の元をたどると、父親からの精子と母親からの卵子に由来する1つの受精卵が分裂、増殖することによって出来ています。その細胞がそれぞれの場所で皮膚や目、心臓となったりするのは、個々の細胞の中に存在する、「塩基」という言語で書かれた「設計図」(DNA)があるからです。その中にはおよそ2万2000種類の遺伝子からなる遺伝情報(ゲノム)が組み込まれ、その情報に基づいて、人間の体が出来上がっています(図1)。

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図1 DNAと遺伝子
細胞の核内のDNAに、遺伝子が含まれています

そして世の中には、目の青い人・黒い人、お酒に強い人・弱い人、ある病気にかかりやすい人・そうでない人などさまざまな人がいます。これまで、これらの現象は人種差・体質などの言葉で説明されてきましたが、遺伝子を詳しく調べてみると、一部の塩基配列の違いによるものであることが分かってきました。すなわち、遺伝子の塩基配列が異なることによって、塩基配列から翻訳されるアミノ酸の種類が変わり、そのアミノ酸からなるタンパク質が異なることが、人種差や個々の体質の違いの一因といわれています。

それでは、がん細胞とはどのようなものなのでしょうか?

体の中に存在する細胞は、タバコなどの発がん物質や紫外線、放射線、細菌・ウイルスなどの環境因子にさらされています。これらの因子は、細胞の中に存在するDNAに傷をつけ、異常な細胞の増殖につながります。本来、私たちの体には傷ついたDNAを修復したり、うまく修復できなかった場合には、異常な細胞ごと排除する機能が備わっていますが、中には異常な細胞がそのまま残ることもあります。例えば、「がん遺伝子」と呼ばれる遺伝子に傷がつくと、細胞増殖のアクセルが踏まれたままとなり、細胞が際限なく増殖することが知られています。また異常な細胞の増殖にブレーキをかける「がん抑制遺伝子」が働かなくなることによって、元の細胞とは異なった無秩序に増殖・浸潤・転移する性質を持った細胞が出来上がります。その細胞が、がん細胞です(図2)。

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図2 がんと遺伝子変異
発がん物質などにより、DNAが傷つき遺伝子変異が起こります

先に述べた環境因子のほかに、その方が生まれつき持っている遺伝子の変異(塩基配列の違い)が腫瘍(しゅよう)の発生にかかわる場合があります。このような遺伝子の変異に起因する腫瘍を「遺伝性腫瘍」や「家族性腫瘍」と呼びます。

ゲノム(遺伝子)解析

塩基配列は高精度の顕微鏡があっても読めるものではありません。しかし、1977年に遺伝子の塩基配列を読み取る新しい解析法が開発されました(この技術を発明したフレデリック・サンガー博士は、ノーベル化学賞をこの技術の発明とあわせ二度受賞)。その後、その技術を使ったヒトゲノム解読国際プロジェクトが開始され、13年間の年月と約30億ドルの予算が投じられ、ようやく2003年にヒトの全ゲノム解析に成功しました。

また、この解析技術により、がんの病態解明が進み、発がんのメカニズムや、病気の進展メカニズム、がんの特徴などが分かってきました。それにより、一部のがんでは、特定の遺伝子変異の有無を調べ、その結果に基づいた治療がすでに行われるようになりました。しかし、このような遺伝子変異も近年は1種類とは限らず、複数種類見つかってきましたが、現状ではそれぞれ別々に調べていかなければならず、必ずしも効率的とはいえませんでした。

そうした中、2000年半ばに遺伝子の塩基配列を高速に読み取ることができる次世代シーケンサー(NGS)機器が開発され、1つの検体から複数の遺伝子を同時に、短時間かつ日常臨床でも実施可能な価格で解析することができるようになってきました。

がんゲノム医療の発展

遺伝子解析技術の進歩を踏まえ、2015年1月にオバマ前大統領が一般教書演説の中で、がん治療を含む各種病気の病態の解明や体制整備に「プレシジョン・メディシン(精密医療)」を取り込むことを唱え、がんゲノム医療の幕開けとなりました。

国内においては、2015年から国立がん研究センター東病院を中心に、一部のがんに対し複数の遺伝子解析を行うSCRUM-Japanプロジェクト研究が開始となり、新薬の治験情報とあわせ、新規治療法の開発にも貢献してきました。

そうした中、ようやく国も重い腰を上げ始め、2018年3月、がん対策基本法に基づき第3次がん対策推進基本計画が作成され、「がんゲノム医療」を充実させていくことが掲げられました。

そしてハード面の充実の一環として、国立がん研究センター内にゲノム情報の収集・管理などを行う「がんゲノム情報管理センター」(C‐CAT)の設立や、がんゲノム医療を推進し提供する医療機関として、がんゲノム医療中核病院や、がんゲノム医療連携病院の設置が決まりました。2018年4月現在、がんゲノム医療中核拠点病院が全国で11施設、がんゲノム医療連携病院が全国で100施設認定されています。

これらの病院では、主に進行期のがん患者さんや、発生部位が不明の原発不明がんの患者さんを対象に、腫瘍細胞や血液からNGS機器を用いて、同時に50〜400種類の遺伝子変異を調べ、それぞれの患者さんにおけるがんの特徴を見つけ出すことが可能となります。

その結果、正確な診断の手助けや正確な予後を推測することが可能となったり、効果が期待される薬剤を探し出し、治療に結びつけることができたりなど、がん医療が急速に発展することが期待されます(図3)。

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図3 がんゲノム医療
発生部位と細胞形態による分類から、遺伝子変異に基づいた分類になります

当院におけるがんゲノム医療

当院も、愛媛県における都道府県がん診療連携拠点病院としての実績、SCRUM-Japanプロジェクトや数多くの治験・臨床試験の経験を踏まえ、2018年3月、がんゲノム医療連携病院に認定されました。

そのため、当院では、がんゲノム医療を推進する体制整備を図り、ゲノム診断を行うための「がんゲノム医療外来」を新たに開設しました。

実際のがんゲノム医療外来の流れは次のようになります(図4)。

フローチャート
図4 がんゲノム医療外来の流れ
  1. 担当医からの検査の概要や目的などの説明
  2. (必要時)遺伝カウンセリングの実施
    ※検査によって遺伝性腫瘍が明らかとなる可能性がある場合、事前に遺伝について説明
  3. 保存された検体や新たに採取した検体(腫瘍細胞や血液)を提出し、NGSパネル検査で解析
  4. 結果を複数の専門家により解釈(専門家会議)
  5. 担当医から結果の説明
  6. 遺伝性腫瘍が疑われる患者さんには再度、遺伝カウンセリングや追加検査
  7. (有効な薬剤が見つかった場合)治療の提供

がんゲノム医療外来を希望の患者さんは、主治医の先生ともよく相談してください。

がんゲノム医療における注意点

夢の膨らむ話をしましたが、がんゲノム医療を受けるにあたっては注意すべき点がいくつかあります。

1点目は、がんゲノム医療では主に腫瘍細胞に後天的に起きた遺伝子変異を調べますが、この検査を受けることで、遺伝的に特定の腫瘍ができやすい遺伝子の変異を受け継ぐ家系であることが分かる場合があります(「家族性腫瘍相談室」参照)。

こんな話をすると、不安に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、当院では、2000年から遺伝性腫瘍の診療に力を入れており、「遺伝性がん診療科」という診療科を設けて対応しています。

当院では、がんゲノム医療外来で検査を受けられた際にも、遺伝性がん診療科と連携しながら、臨床遺伝専門医による診療や、遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを受けることが可能な体制を整えています。

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2点目は、検査を行うための検体を持参していただいた場合でも、検査を開始してから結果を説明するまでには、およそ1か月を要するという点です。そのため患者さんの病状が進行していたり、進行が早かったりする場合には、その結果を治療に活かしきれない可能性もあります。実際検査を受けるにあたっては、主治医の先生とも病状のことをよく相談することが重要です。

3点目は、2018年8月現在、NGSパネル検査で保険承認されたものはなく、先進医療や自由診療として実施するため、SCRUM-Japanプロジェクトなどの臨床研究で行う検査以外は、それ相当の自己負担が必要となります。ただ、がんゲノム医療は、国を挙げた取り組みの1つですので、近い将来、保険承認され自己負担額が少なくなることが期待されています。

4点目は、検査が実施できた場合にも、実際の治療に結びつくかどうかについては、薬剤の開発状況との兼ね合いになるという点です。いくらNGSパネル検査で、それぞれの患者さんにおけるがんの特徴が分かったとしても、その特徴を持ったがんに有効な薬剤が開発されていない場合には、残念ながら治療につながらないこともあります。

実際、有効性が期待できる薬剤が見つかる患者さんの割合は、現状では10〜20%といわれています。その薬剤で治療を受けた場合にも、すべての患者さんに同様の効果が現れたり、薬剤の効果が持続したりするわけではありません。

そして一番の問題は、幸いなことに効果が期待できる薬剤が見つかった患者さんでも、その薬剤が保険承認されていなければ、現在の保険制度上では、保険診療で治療を受けることができません。その場合には、薬剤費だけでなく、検査代や診察代も含め自由診療となります。そのため、毎月かなり高額な自己負担が必要となります。

現状では始まったばかりであり、まだまだ多くの解決すべき問題がありますが、近い将来、これらの問題も解決されていくことが期待されます。

がんゲノム医療の今後

将来、がんゲノム医療が普及していくことで病気の解明が進み、より有効性の高い薬剤を見つけ出し、その薬剤で治療を受けることにつながります。そのほか、効果が低いことが予想される薬剤の治療を避けることで、薬剤の副作用から解放され、新薬の開発につながるなど、さまざまな恩恵がもたらされます。その結果、がん診療の大きな変化が期待されます(表)。

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表 がんゲノム医療でもたらされること
がんゲノム医療によりがん診療が大きく変わることが期待されます

更新:2024.01.26