乳がんの薬物治療とは?
乳腺外科 外来化学療法センター 薬剤部
手術だけで治る乳がんがあるの?
乳がんには大きく分けて非浸潤性(ひしんじゅんせい)乳がんと浸潤(*1)性乳がんとがあります。非浸潤性乳がんは、がん細胞が乳管内(乳管や乳腺小葉)にとどまっているがんです。浸潤性乳がんは、乳管や乳腺小葉の周囲まで広がっているがんです。
非浸潤性乳がんの場合、基本的に遠隔転移(*2)を起こさないため、手術(乳房温存手術を受けた人は手術と放射線治療)で乳がんを取り去ることができます。非浸潤性乳がんの患者さんは、術前術後の抗がん剤治療を必要としません。非浸潤性乳がんはマンモグラフィ検診で発見されることが多いです。
*1 浸潤:がんがまわりに広がっていくこと
*2 遠隔転移:骨や肺など、はじめにがんができた所から離れている器官または組織にがんができること
抗がん剤治療(化学療法)を受ける人と受けない人がいるのはなぜ?
浸潤性乳がんには、ルミナルA、ルミナルB、ルミナルHER2(ハーツー)、HER2、トリプルネガティブの5つのサブタイプがあります(表)。サブタイプはがん細胞が持つ遺伝子の性質で分類され、がんや核にあるタンパク質を調べて、薬物治療を行う場合にどの薬が適しているかを選ぶ参考にします。
サブタイプ分類 | ホルモン受容体 | HER2 | Ki67 | 薬物治療 | |
---|---|---|---|---|---|
ER | PgR | ||||
ルミナルA型 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 低 | ホルモン治療 |
ルミナルB型 (HER2陰性) |
陽性 | 弱陽性・陰性 | 陰性 | 高 | ホルモン治療、化学療法 |
ルミナルB型 (HER2陽性) |
陽性 | 陽性・陰性 | 陽性 | 低~高 | ホルモン治療、化学療法、 分子標的治療 |
HER2型 | 陰性 | 陰性 | 陽性 | 低~高 | 化学療法、分子標的治療 |
トリプルネガティブ | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 低~高 | 化学療法 |
ルミナルAタイプの患者さんは、術前術後にホルモン治療を行います。そのほかのサブタイプの乳がんには、基本的に術前または術後に抗がん剤治療(化学療法)が必要になります。ホルモン治療は女性ホルモンの分泌や働きを阻害し、女性ホルモンを利用して増殖するタイプの乳がんを攻撃する薬で、ほとんどが内服薬です。閉経前の患者さんには皮下注射のホルモン治療を行うこともあります。
手術だけでなく、なぜ薬物治療が必要なの?
手術では乳房やリンパ節など、がん組織を取り除くことができますが、血管やリンパ管の中に入り込んだ乳がん細胞まで取り除くことはできません。
浸潤がんの場合、乳がん細胞は全身を旅していると考えなければならず、これらの乳がん細胞がどこか居心地の良い場所を見つけて落ち着き、そこで増殖すると再発してしまうことになります。薬物治療には、手術で取り除くことのできない乳がん細胞を根絶させ、ひいては遠隔再発させないという目的があります。
薬物治療には、ホルモン治療、分子標的治療、抗がん剤治療(化学療法)があります。
なぜ手術の前に抗がん剤治療(化学療法)をすることがあるの?
診断時に乳がんのサイズが大きい患者さんは、術前化学療法でサイズを小さくしてから乳房温存手術をめざす場合があります。
前項で手術だけでなく薬物治療が必要と説明しましたが、化学療法を術後・術前のどちらで行っても、予後(乳がんが再発せずに元気でいられるかどうか)に変わりがないことが、過去の大規模臨床試験で示されました。術前に化学療法を行っても手術は必要ですが、手術で切除した組織の中に乳がんが消えていれば、ほとんどの患者さんで予後が良いことが分かっています。
さらにトリプルネガティブ乳がんやHER2タイプ乳がんは、術前化学療法で乳房内の乳がんが消えていなかった場合でも、術後の薬物治療によって遠隔再発リスクを低下させることが分かっています。
抗がん剤(化学療法)は、嘔気(おうき)・嘔吐(おうと)や骨髄抑制(こつずいよくせい)(*3)、脱毛、爪・皮膚障害など、強い副作用で有名ですが、それぞれ支持療法が発達し、がんそのものに伴う症状や、治療による副作用に対して、予防や軽減が可能になってきています。
分子標的治療は、抗がん剤に比べて副作用が少ないですが、初回投与時に発熱・悪寒(おかん)、長期的には心臓への負担を生じることがあります。内服薬のホルモン治療の主な副作用は、ほてりや関節痛、骨粗(こつそ)しょう症(しょう)などです。
*3 骨髄抑制:血液細胞をつくる機能が低下します。白血球・赤血球・血小板の血液成分が減少することで、感染症や貧血、出血などが起こりやすくなります
再発すると薬物治療はどうなるの?
残念ながら、乳がんが転移・再発してしまった場合には、手術で完治することは難しく、延命目的に薬物治療を継続します。乳がんの性質が変わって転移・再発することも多いため、可能であれば生検にて再度サブタイプを調べて、これに合った薬物治療を行います。
転移再発乳がんに対する薬剤は、手術前後に使用する薬剤に比べて種類が多く、一部の患者さんには免疫チェックポイント阻害薬も使用できます。
サブタイプ別の薬物治療および支持療法は一昔前に比べるとずいぶん発達し、乳がんの再発割合も減少してきています。現時点で、転移再発乳がんにしか使用できない免疫チェックポイント阻害薬が、今後、トリプルネガティブ乳がんの周術期(*4)に使用可能になる予定です。
*4 周術期:入院、麻酔、手術、回復といった、患者の術中だけでなく前後の期間を含めた一連の期間
更新:2024.10.04