低侵襲人工股関節置換術(MIS-THA)の最前線

藤田医科大学病院

整形外科

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

低侵襲手術法(minimally invasive surgery) による人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty)

人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)は変形性股関節症や関節リウマチによる疼痛(とうつう)や歩行障害を改善するのに効果的な手術ですが、患者さんへの体の負担(手術侵襲(しんしゅう)といいます)が大きいのが難点でした。外来でも、人工股関節置換術をお勧めすると、大きな手術だと考え、躊躇(ちゅうちょ)する患者さんが多いのも事実です。

当科では人工股関節置換術の体への負担を減らすため、主に低侵襲手術(minimally invasive surgery、MISと略されます)を施行しています。低侵襲人工股関節置換術(MIS-THA)は、従来の手術法なら15~20cmほど必要であった皮膚切開が8~ 10cm程度で済み(小皮切)、また術中出血量も軽減できます。また、筋肉への障害も少ないので(筋腱(きんけん)温存)手術後の筋力低下が少なく、疼痛も従来法に比較して少ないことから術後リハビリテーションのための入院期間が短縮できます。

具体的には、前方進入法(MIS-Direct Anterior法)や前側方進入法(MIS-Antero lateral supine法)を用いています。仰臥位(ぎょうがい)手術であることから体位変換が不要ですので、両股関節症であっても両側同日手術が可能です。一般的な人工股関節置換術を受けた患者さんは、以前は3~6週間程度の入院が必要でしたが、これらMIS法では、約10日~2週間に短縮されており、早期の社会復帰が可能となっています(図2)。合併症といわれる手術創部(そうぶ)感染症(SSI)や術直後の人工股関節脱臼は、ここ数年ほぼ皆無に等しい良好な治療成績を収めています。

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図1:MIS-DA法の進入方法
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図2:58歳男性。右特発性大腿骨頭壊死 術後2日目から歩行訓練実施、1週間で杖なし歩行可能となり14日で退院となりました

また、MIS手術においては術後の患者さんの痛みを極力減らすべく、硬膜外麻酔やカクテル注射を併用したり、抗菌糸埋没縫合によって術後の抜糸をなくし、止血管理によってドレーン留置をなくすなど、他院ではなかなか得られることのできない術後疼痛予防対策を標準化することにより、多くの患者さんから高い評価をうけています。

一方で、単にMIS法による手術を行うだけでは、この手法の長所が最大限に発揮されることは困難です。リハビリテーション科と協力し、手術を行う前から患者さんの筋力や歩行解析を行い、個々の患者さんに合わせたきめ細かいリハビリテーションを行うよう心がけ、手術前後から日々の筋力トレーニング・歩行訓練を実施することで、早期の日常生活復帰をめざすことが可能となります。

以上のような利点を持ったMIS法ですが、残念ながら、すべての患者さんに施行できる手術法ではありません。現在のところ、関節の破壊や変形が高度な場合、手術前の関節の動きが極端に不良な場合、高度の肥満患者さんは、従来の手術法の方が安全であるとされています。当科では、各種の画像データなどを参考にして患者さんに十分にインフォームドコンセント(手術内容の説明)を行った上で、どちらの手術法を選択するかを決定しています。

人工股関節手術においては術式のほか、インプラント機種の選考も重要なポイントです。当科では10年以上の中長期にわたる臨床成績が95%以上の非常に良好な機種を中心に用いているほか、股関節の骨形状に応じて適切なインプラントを選考し使用しています(図3、4)。これらのインプラントは表面加工や形状の工夫により、骨親和性に優れているためゆるみが生じにくく、また関節摺動(しゅうどう)面の低摩耗性を実現しているために長期におよぶ耐久性を獲得しています(長寿命型人工股関節)。材質は本体がチタン合金、関節面にセラミックや高分子ポリエチレンを使用した機種が選択可能です。加齢により骨粗(こつそ)しょう症(しょう)が強いと判断された場合には、骨セメントを用いた機種の対応も行っています。

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図3:当科採用の代表的ステム(ステム:大腿骨髄腔内に挿入固定されるインプラント本体のこと)
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図4:代表的なショートステム

さらに、入院中のリハビリのほか、もともと筋力低下の著しい方、高齢者、その他希望される方について退院後のリハビリを必要とする場合には、状況に応じて地域関連施設もしくは紹介元病院との連携により回復期リハビリの調整を行うことが可能ですので、受診時に相談してください。

MIS-DA法の紹介

この方法ではこれまでの多くのアプローチと異なり、股関節周囲の筋肉を切離することなく手術を実施できるため、術中の出血量が少ないほか、筋力低下をほとんど生じませんので術後1~2日での歩行訓練開始が可能です。ベッドからの離床が1~2日と早く(トイレを含む)、また術後のリハビリ内容も難しくありませんので非常に好評です。創部の具合や全身状態にもよりますが、入院期間も平均2週間と短く、早期社会復帰が可能です。老若男女を問わず実施できますが、高位脱臼股関節症など著しく変形している場合や3cm以上の脚長差を有する患者さんには一般的に不向きです。当院では2009年から導入していますが、MIS-DA法を実施した患者さんの術直後脱臼はこれまでのところなく、関節可動域も良好で安定した臨床成績を収めています。

MISによる前方アプローチの利点

「図1」の実線(赤線)のように大腿筋膜張筋と大腿直筋の筋間中隔を割って入る方法で、簡単な血管処理のみで容易に股関節前方に到達できるため筋肉の損傷がほとんどなく、術後の筋力低下や疼痛が他のアプローチと比較して少なく、早期の荷重歩行訓練開始が可能となります。脱臼の危険性も低く安定した可動域が得られるとともに、入院期間の短縮も可能となります。左右脚長差の補正ももちろん可能です。

更新:2024.10.09