高齢者の大腿骨近位部骨折(頚部骨折・転子部骨折)に対する早期手術の取り組み

藤田医科大学病院

救急科

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

増加する高齢者の大腿骨近位部骨折

高齢者が転倒して「脚のつけ根」(=股関節周囲)を痛がる場合は、ほとんどが大腿骨(だいたいこつ)近位部骨折(頚部(けいぶ)骨折・転子部骨折、図1、2)です。国内における年間患者数は2002年に11万人であり、2009年には13万人、2016年には20万人と高齢化社会を反映して増加しており、2042年には32万人まで増加すると予想されています。

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図1:大腿骨頚部骨折
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図2:大腿骨転子部骨折

高齢者は【frailty】すなわち脆弱性(ぜいじゃくせい)・許容力低下を持ち合わせ、手術を受けられるようになるまでの待機期間による筋力低下、歩行能低下や、肺炎、褥瘡(じょくそう)、深部静脈血栓などの合併症が、術後の入院期間や社会復帰期間にまで大きく影響します。一般に、手術が1日遅れると筋量は0.5%/日、筋力は4%/日低下するとされ、またリハビリテーションの開始が1日遅れるごとに歩行能獲得に2.8日を要する(1)とされ、すなわち、手術まで1週間の待機があると、筋力は2~3割低下し、リハビリテーションは3週間余分にかかることとなります。早期に手術を行うことが術後の合併症や入院期間を低減させ、患者の機能予後や生命予後、医療経済にも有利であることについては数多くの報告があります(2)(3)(4)。

当院での治療方針

しかし高齢者は、何かしらの内科の既往があったり、複数の薬剤を服用していたり、術前検査をしてみると今まで気づいていなかっただけで、心臓や腎臓(じんぞう)の機能が極端に低下していることも多々あります。つまり、手術をする上で、全く健康上のリスクがない、という高齢者はほぼいません。こういった高齢者に、迅速に手術前の検査を行い、その結果に基づいた評価や治療を行って、安全に手術を行えるよう管理し、術後も内服薬や食事も含めた内科管理を行っていくことが必要となります。

当院救命救急センターは、救急外来(ER)から救命病棟(救命ICU、GICU、災害外傷センター)を、整形外科専門医、内科専門医、外科専門医など各専門医資格を有する救急医が集まって運営しており、大腿骨近位部骨折の患者さんがERを受診した時点で、手術日程までを想定し手術前検査を直ちに開始しています。

高齢者の大腿骨近位部骨折は、手術によって早期に離床を進めた方が、手術をしないよりも予後が良いことが明らかとなっているために、原則手術を選択しています。

また、手術を行ったにもかかわらず、しばらくベッド上で安静にしないといけなかったり、歩く練習を開始できなかったりしては、手術を行った意味がありません。当院では原則全例、手術翌日から歩行練習を開始できる手術方法を選択し、患者さんの早期社会復帰を目指しています。

このような方針のもと、2016年10月より、本骨折に対して来院後48時間以内に手術を行うことを原則(*)とし、手術待機日数が以前より約7日間短縮したところ、入院期間が30日以上も短縮しました。

*手術を行えるような全身状態である場合

実際の治療方法

年間150~200件程度の手術を実施していますが、約1割の患者さんは、ERからそのまま手術室で手術を行い、それから入院になります。すなわち緊急手術を行っています。

患者さんの中には、来院した時点で重篤な内科の合併症や他の外傷との兼ね合いで、すぐに手術を行えない患者さんもいますが、全体平均で入院後2.1日で手術を施行することができています。24時間以内に手術を行った患者さんは全体の49%、48時間以内は66%となっています。

早期に手術を行うために、以下のような手術に必要な手術機材は病院内に複数、いつでも使える状態で常備しています。また熟練した医師が手術を担当しており、過去3年間の手術時間は全体平均で30分程度と短時間で終了しています。

実際にどういった手術を行っているかを紹介します。

(1)大腿骨頚部骨折(図1)

図で示した部位が大腿骨の「頚部」です。ここが折れた場合は、骨をくっつける手術(骨接合、図3、4)か、ずれが大きい場合は金属製のものに入れ替える手術(人工骨頭挿入術、図5)かのいずれかを行います。また骨折の線の入り方によっても手術方法が少し変わります。さらに、症例によっては人工骨頭ではなく人工関節置換術(ちかんじゅつ)を行うこともあります(図6)。

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図3:骨接合術(スライディングスクリューによる手術)
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図4:骨接合術(プレート付きスクリューによる手術)
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図5:人工骨頭挿入術
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図6:人工関節置換術

(2)大腿骨転子部骨折(図2)

図で示した部位が大腿骨の「転子部」です。ここが折れた場合は、基本的には骨をくっつける手術(骨接合)を行います(図7)。しかし、中には非常に粉砕している場合があり、骨接合を行っても早期に体重が掛けられず、何週間か車いすに乗るまでしかできないことがあります。当院では、そのような骨折の場合にも、早期に体重を掛けることができるように人工骨頭挿入術を行っています(図8)。

この方法は難易度が高いため、行っている病院は多くはありません。

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図7:骨接合術(髄内釘による手術)
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図8:粉砕した転子部骨折(a-d)に対する人工骨頭挿入術と大転子骨折の再建(e)

【参考文献】
1)山口徹、他:大腿骨近位部骨折手術患者の手術待機期間と歩行能力獲得について.臨床整形外43:1177-1181,2008
2)前原孝、他:大腿骨近位部骨折に対する早期手術ー抗小血小板剤・抗凝固剤内服症例の検討ー骨折31:550-553,2009
3)Chiristpher GM et al.:Early mortality after hip fracture:Is delay before surgery important?J Bone Joint Surg 87-A,483-489,2005
4)Bottle A et al.:Mortality associated with delay in operation after hip fracture:observational study. British Medical Journal 2006;332:947-951
5)日本整形外科学会、日本骨折治療学会監修:大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2011年、南江堂、東京

更新:2022.03.08