ロボット(ダビンチ)支援下肺がん手術と縦隔腫瘍手術

藤田医科大学病院

呼吸器外科

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

肺がんとは

肺がんとは、肺、気管支に発生する悪性腫瘍(あくせいしゅよう)のことで、肺の細胞ががん化してできる原発性肺がんと他の臓器に発生したがんが肺に転移した転移性肺がんの2つに分けられます。通常、肺がんといえば原発性肺がんを意味します。今や日本人の2人に1人ががんになるとされていますが、2016年1年間に国内で12万5千人以上が肺がんになり(1)、4万2107件の手術が実施されています(2)。肺がんは進行していなければ、手術が最も治癒の期待できる治療法です。

肺がんの手術適応

肺がんが手術の適応かどうかを検討するために2つのことを考えます。

1つは、肺がんを手術で根治(こんち)できるのかどうか、これは肺がんの進行度(臨床病期)に左右されます。臨床病期I期(肺がんの充実成分径が5cm以下でリンパ節転移がない)、II期(肺内〜肺門リンパ節にのみ転移がある)は手術が推奨されており、さらに進行したIIIA期の一部も手術を行うよう提案されています。臨床病期を評価するために、胸部CTのほか、通常、頭部造影MRIやPET-CT検査を行います。

2つ目は、手術に体が耐えられるかどうかです。肺や心臓の機能が最も大切で、それらを評価するための精密検査を行います。また、他の臓器に重篤な併存症がないかどうかも重視されます。標準的な手術に体が耐えられないと判断された場合は、縮小手術やほかの治療法を検討します。

肺がんの標準手術

右肺は3つ、左肺は2つの肺葉に分かれていますが、肺がんに対する標準手術は、肺がんが存在する肺葉の切除と、所属リンパ節に転移がないかどうかを確認するためのリンパ節郭清術(せつかくせいじゅつ)から成ります。隣接臓器に浸潤(しんじゅん)がある場合、その合併切除を行うこともあり、またより早期と考えられる肺がんには縮小手術を行うこともあります。

縦隔腫瘍とは

左右の肺の間の部分を、縦(たて)に隔(へだ)てると書いて縦隔(じゅうかく)と呼びます。そこに発生した腫瘍を縦隔腫瘍(じゅうかくしゅよう)といいます。縦隔腫瘍で最も多いのは、前縦隔(縦隔の前の方)にある胸腺から発生する胸腺腫(きょうせんしゅ)です。胸腺腫は肺がんに比べると悪性度の低いものが圧倒的に多いのですが、周囲の臓器に浸潤したり胸の中に散らばったり(播種)する性質を持ち、悪性腫瘍に分類されます。手術が最も治癒の期待できる治療法です。その他の縦隔腫瘍も多くは手術の適応となります。胸腺腫を含む前縦隔腫瘍に対する手術は、かつては前胸部に長い縦切開を置く胸骨正中切開という方法で行われていましたが、最近はほとんどが胸腔鏡下(きょうくうきょうか)に小さな創(きず)から行われています。

当科の低侵襲(創が小さく、体への負担が少ない)手術への取り組み

2004年服部前教授が東海地区で初めて肺がんに対する低侵襲手術(胸腔鏡手術=小さな創から胸腔鏡を用いて行う体に負担の少ない手術)を導入し、以後ほとんどの肺がん手術を胸腔鏡手術で行っています。2005年には縦隔腫瘍および重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)に対する胸腔鏡手術を開始し、2009年には現岡崎医療センター須田教授が国内で初めて肺がんに対するロボット支援下手術を実施しました。2011年には須田教授が前縦隔腫瘍や重症筋無力症に対する剣状突起下(けんじょうとっきか)アプローチ単孔式(みぞおちの3cmの創1つから行う手術)胸腺摘出術を開発し、2015年ダビンチを使用した剣状突起下アプローチロボット支援下胸腺摘出術を開始しています。2018年4月からは、ロボット支援下肺がん手術と縦隔腫瘍手術が保険収載され、他の胸腔鏡手術と同じ医療費での提供が可能となりました。

当科の年間の手術数は、2016年320件、2017年340件、2018年367件、2019年394件、うち原発性肺がんは、2016年160件、2017年174件、2018年192件、2019年211件で、半数強を肺がんが占めています。このうちロボット支援下肺がん手術は、保険収載前の2016年3件、2017年5件、保険収載後の2018年13件、2019年19件と増加傾向です。同様にロボット支援下縦隔腫瘍手術も2016年1件、2018年7件、2019年15件と増加してきており、いずれも東海地区では有数の実施数です。

ロボット支援下肺がん手術と縦隔腫瘍手術の特徴

ロボット(ダビンチ)支援下手術(図1)の特徴は、3Dカメラによる鮮明な拡大画像と多関節で自由自在に動くロボット鉗子(かんし)、そして手ぶれのない精密な操作です。肺がん手術では、第5肋間1〜2つ、第8肋間3〜4つ、合計5つの小さな創から操作します(図2)。特にリンパ節郭清術は、胸腔鏡手術と比較し容易で精度の高い操作が可能と考えています。縦隔腫瘍(特に胸腺)に対する手術では、剣状突起下(みぞおちの下)1つ、左第6肋間1つ、右第6肋間2つの小さな創から操作します(図1-D)。極めて操作性がよく、特に左腕頭静脈や横隔神経に接する腫瘍の剥離(はくり)、静脈や心嚢(しんのう)(心臓を包む線維性の袋)などの合併切除、心嚢の再建などでは絶大な力を発揮します。

図
図1:A.ロボット(ダビンチ)支援下手術遠景 B.コンソール(術者) C.ロボット支援下手術配置例 D.ロボット支援下胸腺手術ポート配置例
イラスト
図2:ロボット支援下肺がん手術(右側)ポート配置例。赤線がダビンチポート(と創の長さ)、水色線が助手用ポート(約2cm長)を示しています

肺がん手術では5つ、縦隔腫瘍手術では4つの創が必要なのが欠点ですが、ロボット鉗子の支点は胸の壁に設定されているため創周囲への影響が少なく、患者さんによりますが、術後の痛みは強くない印象があります。術後の入院期間は、一般に肺がんで6日、縦隔腫瘍で2〜3日です。

【参考文献】
1)政府統計の総合窓口e-Stat,全国がん登録,罹患数・率,肺21-A-12
2)Gen Thorac Cardiovasc Surg.2019;67(4):377-411.

手術・術後を安全にのりきるために

当科では、手術前には必ず最低4週間禁煙をしていただいています。これは、たばこを吸っている方ではそうでない方に比べ、術後大変な合併症を併発する方が多いからです。また、手術後に喫煙を再開した方の生命予後は禁煙を継続している方と比べ明らかに不良のため、手術の後も禁煙しつづけることを強くお勧めしています。このほか、重い術後合併症のうち最も頻度(ひんど)の高い肺炎を予防するために、歯科で歯石除去を含む専門的口腔(こうくう)清掃と自己口腔ケア(自ら口の中をきれいにする方法)の指導を受け、1日3〜4回の気持ちの良い歯磨き習慣を身につけていただきます。術後の回復を促すため、術前からの適度な散歩、夜よく眠ることができるように、適切な昼寝の習慣なども身につけていただきます。手術により胸に傷がついたり肺の一部を失ったりするかわりに、それまでよりも健康的な生活習慣を身につけていただくことを目標にしています。

更新:2022.03.08