性別違和/性別不合に対する高度な専門医療
札幌医科大学附属病院
神経精神科、泌尿器科、消化器・総合、乳腺・内分泌外科、婦人科、形成外科
北海道札幌市中央区

性別違和/性別不合に対して包括的な診療を行っている病院は、国内に数か所しかなく、当院は北日本エリアを越えた東日本を代表する医療機関の1つです。当院では、2003年に神経精神科、泌尿器科、婦人科、乳腺外科、形成外科からなる専門のクリニックを開設し、多部門・多職種チームによる高度な専門医療を行っています。2021年6月現在、700人を超える当事者の診療にあたっています。
性別違和/性別不合とトランスジェンダー
近年、各種メディアで、「LGBTQs(*)」という言葉を目にする機会が増えています。これは、多様な性自認(自分の性別をどう認識するか)や性指向(どの性別を恋愛対象とするか)などを示す言葉で、その中の「T」にあたる、「トランスジェンダー」が、当院の性別違和/性別不合に関する専門クリニックの対象となります。
トランスジェンダーとは、性自認に関する言葉で、端的にいえば、「心と体の性別が一致しないこと」を意味します。その中には、身体は男性だが自分の本来の性別は女性だと認識する人(トランスジェンダー女性)や、身体は女性だが自分の本来の性別は男性だと認識する人(トランスジェンダー男性)、また、自分はどの性別にも当てはまらないと認識するXジェンダーが含まれます。これらの当事者の中には、当然、自分の身体への違和感を持つ人が少なからずあり、身体的治療を必要とする人がいます。
1980年代のアメリカ精神医学会による精神疾患診断基準において、トランスジェンダーは「性同一性障害」と称され、精神疾患とされてきましたが、2013年の新しい診断基準では、性同一性障害は「性別違和」に、2019年のWHOによる診断基準では「性別不合」に名称が変更され、精神疾患ではなく、性に関する健康状態を表すものとされました。このような状況下、医療を必要とする人には適切な医療が提供されるための配慮が必要と認識され、日本でも治療ガイドラインが整備されてきました。
* LGBTQs:Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー)、QueerやQuestioning(クイアやクエスチョニング)の頭文字。「s」はセクシュアル・マイノリティを指す総称した言葉
札幌医科大学附属病院における取り組み
当院では、2003年に北日本の大学病院で初となるGID(性同一性障害)クリニックを開設し、その診断と身体的治療を行ってきました。2021年6月末までの受診者総数は729人で、北海道だけでなく本州からも受診があります。
受診者の内訳は、トランスジェンダー男性が約6割、トランスジェンダー女性が約4割で、初診時のトランスジェンダー男性の平均年齢は22.6歳、トランスジェンダー女性は33.5歳となっています。現在、幹(みき)メンタルクリニックや札幌中央病院、東札幌病院が協力連携施設として加わり、診療にあたっています。
性別違和/性別不合の診断と治療は、ガイドラインに沿って行います。2段階の面接で、2人の精神科医と心理士が詳しく話を聴き、受診者の意向を確認したうえで、詳細なアセスメント(評価)と診断を行います。
受診者の希望は多岐にわたり、身体的治療もホルモン療法や乳房切除術、性別適合手術と多岐にわたるため、これらの内容に応じて、泌尿器科、婦人科、乳腺外科、形成外科、そして協力連携施設の該当診療科がその後の診療を担当します。身体的治療の開始に際しては、その都度、複数の臨床専門家が集まる会議において、治療の適切性や安全性に関する検討を行います。
なお、2016年にGID学会が認定医制度を整備しましたが、全国の認定医33人のうち、5人が当クリニックに所属しています(2021年10月現在)。また、全国で7か所しかない認定施設の1つとして稼働をしています。

診療各科における取り組み
神経精神科では
当クリニックの受診者は、自らトランスジェンダーであることを確信している方、身体的治療を希望する方が多いというのが特徴です。一方で、性別違和/性別不合の身体的治療は、他の病気と異なり健康な身体に薬物を投与したり手術を行うことになるので、特にアセスメントや診断を慎重に行う必要があります。そこで診察の際は、幼少期までさかのぼって性自認に関する体験を振り返ってもらい、話を聴きます。
また、現在、学校や職場、生活場面でどのような苦労があるのかといったことまで聴き、性別や身体への違和感や意向を確認します。これらの診療情報を元に、泌尿器科や婦人科での身体の診察に関する所見と合わせて、総合的に性別違和/性別不合の診断をします。
トランスジェンダーは精神疾患の枠組みからはずれましたが、性別にまつわる苦悩や、周囲や社会の無理解からもたらされる苦痛などから、うつ病などの精神不調や病気を抱える方もいます。当科は、これらに配慮し、性別違和/性別不合の診断を行うだけでなく、受診者の心理的な問題や、精神不調に対する見立てや診断、ケアにも努めています。一般に身体治療を希望する方の治療は、初診から身体的治療が進展していくまで数年はかかるため、その過程において必要に応じて精神的なサポートも行います。また、このような診療を通して、受診者への治療に対する満足度なども調査し、性別違和/性別不合の理解や安全で合理的な治療法の開発に役立てるための研究も行っています。
泌尿器科・婦人科・乳腺外科・形成外科では
身体診察
身体的性別を確認するための必要な過程の1つで、泌尿器科と婦人科で担当しています。採血で性ホルモン値の測定と染色体検査等を行うほか、トランスジェンダー男性では、超音波検査で子宮・卵巣の状態を確認します。通常は1回の受診ですべての身体診察を終えることができます。
身体的治療
ホルモン療法、乳房切除(トランスジェンダー男性)、性別適合手術を行っています。
- ■ホルモン療法
- 泌尿器科と婦人科が担当しています。性ホルモンを投与することで、身体を受診者の望む性別に近づけることができます。具体的には、男性ホルモンを投与することで、月経が止まる、声が低くなる、ひげや体毛が生える、筋肉がつくなどの男性化が、女性ホルモンを投与することで、乳房の発達、丸みを帯びた体型への変化といった女性化が起こります。
各ホルモンには、さまざまな薬剤や投与方法がありますが、過剰投与になると重篤な副作用をきたす恐れがあることから、血液検査を適宜行い、適切に管理することを心がけています。また、性別違和/性別不合のある小児に対しては、思春期の性ホルモンの分泌を一時的に抑える二次性徴抑制療法を行います。 - ■乳房切除
- トランスジェンダー男性に対しては、消化器・総合、乳腺・内分泌外科が担当しています。手術の際には、なるべく傷が目立たないように、切開の部位に注意を払っています。また乳頭・乳輪に関してもバランスを考えながら、形成術を行っています。難しい症例は、形成外科と合同で手術を施行しています。
- ■性別適合手術
- 主に泌尿器科が担当しています。トランスジェンダー男性では「子宮卵巣摘除」「尿道延長」および「腟狭小化」を、トランスジェンダー女性では「精巣摘除」「造腟および外陰形成」を行います。当院では、これまでにそれぞれ60例、40例の手術実績があります。子宮卵巣摘除は婦人科が担当しています。従来の開腹手術のほかに、小さな傷ですむ腹腔鏡手術(ふくくうきょうしゅじゅつ)も、希望に応じて提供しています(ただし尿道延長を伴わない場合に限ります)。
陰茎形成は形成外科が担当しています。陰茎形成にはさまざまな手術方法がありますが、当院では、腕の皮膚で尿道・亀頭部分を、鼠径部(そけいぶ)(太ももの付け根の部分)の皮膚を用いて陰茎部分を形成します。亀頭部分は色素沈着の少ない白い皮膚、陰茎部分はやや色素沈着のある皮膚を使用することで、自然な色調と形態を形作ることができます。また、顕微鏡を使って手術を行うマイクロサージャリーの技術を用いることで、血管をつなぐだけでなく、神経を縫合することもでき、ある程度の知覚を得ることができます。勃起機能を得ることはできませんが、尿道も延長されるので、立った状態で排尿をすることができるようになります。
また、婦人科ではトランスジェンダー男性と内分泌異常との関連、トランスジェンダー女性のホルモン自己投与の実態調査等を行い、トランスジェンダーの健康問題に関する研究にも取り組んでいます。
今後の展望
北日本、ないしは東日本を代表する専門クリニックとして、「なるべく多くの当事者の方を受けとめること」「ケア、アセスメント、診断、治療、手術ができる専門家を多く育成していくこと」をめざし、当院だけでなく協力連携施設も合わせて診療・教育体制を拡張していきたいと考えています。性のありかたは、人の根幹の課題です。当事者の基本的な人権が守られるように、また心の苦しみが少しでも軽減されるように、当クリニック発の社会啓発にも積極的に取り組んでいきたいと思います。

札幌市では、性別違和や同性愛などの悩みについて相談できる電話相談「LGBTほっとライン」を実施
更新:2024.09.23