ゲノム情報のがん医療への応用-がんゲノム医療推進センター、遺伝子診療部
富山大学附属病院
がんゲノム医療推進センター 遺伝子診療部
富山県富山市杉谷
がんゲノム医療とは?
皆さんは「がんゲノム医療」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?この項ではできるだけ分かりやすく「がんゲノム医療」について解説します。
今や日本人の2人に1人はがんにかかる時代といわれていますが、いまだに「がん」は難治性で常に新たな治療法の開発を必要としています。一方、ヒトの細胞の中には「ゲノム」と呼ばれる「細胞の設計図」の役割をする大切なものが入っています。実はがん細胞は、正常な細胞のゲノムに変化が起こることによって発生することが分かっています。このゲノムとは約30億個ものDNAという分子からできていて、その解析はとても手間暇のかかるものでした。しかし、最近の技術革新によって、ゲノム解析が昔に比べてはるかに速くできるようになりました。この解析を利用したものがゲノム医療と呼ばれ、細胞の設計図を解き明かすことで病気に立ち向かおうとするものです。
さて、がん細胞はゲノムに変化が起こって発生するものでしたね。したがって、ゲノム医療を応用すればがん細胞の本体が見えてくるということになります。これが「がんゲノム医療」と呼ばれるものであり、わが国ではこれを強力に推し進めるため、がん細胞のゲノム検査を2019年から保険診療として開始しました。ただし、この検査はすべての医療機関で受けられるものではありません。厚生労働省に指定された特定の施設のみで受けることができます。富山大学附属病院はその中の1つ、「がんゲノム医療拠点病院」に指定され、独自に検査を完結させることができます。「がんゲノム医療」はがんの本質を捉えることによって、より効果的な治療法の開発につながることが期待されているのです。
3つの課題
前述のように「がんゲノム医療」は将来的にがんの本質を見極め、より有効な治療開発につながることが期待されています。しかし、現状ではまだ大きな課題が指摘されています。
まず1つ目の課題はゲノムの情報量があまりにも多いということです。数えきれないほどのDNA分子を解析して、個々のがん細胞の特徴を知ろうとするのですが、ゲノムの変化は未知のものが多く、まだ完全にがん細胞の特徴を読み取ることができないのです。今後、ゲノム検査を数多く行うことにより、多くの情報蓄積ができ、がん細胞の真の姿が明らかになることが考えられています。2つ目の課題は遺伝性腫瘍(いでんせいしゅよう)の扱いです。このことについては後半で解説します。
そして、第3の課題は有効な薬剤の不足です。がんゲノム検査によって、徐々にがん細胞の本体が解明されつつあります。しかし、残念ながらそれぞれの特徴を有するがん細胞に対しての最適な薬剤はまだまだ足りないのが現状です。近年、分子標的薬というまさにゲノムの変化に合わせた特効薬が開発されていますが、それは多くのがんのごく一部にすぎません。新たな薬剤の開発が急務です。がんゲノム検査を重ねることにより、がん細胞の特徴をはっきり捉えることが新薬開発の一番の近道だと思われます。
今後の期待
2019年を「がんゲノム元年」と呼ぶ人もいます。まだ、発展途上にある「がんゲノム医療」ですが、当院でもこの検査を患者さんのために続けてまいります。そして、ついにはがん克服につながることを願ってやみません。
遺伝性腫瘍と遺伝カウンセリング
がんはゲノムの変化に伴い、遺伝子が正常に機能しなくなった結果、起こる病気です。ほとんどのがんは、喫煙や生活習慣、加齢などが原因となり、元々正常だった特定の体細胞の遺伝子が後天的に変化することによって発生します。このようながん細胞にだけ起きた遺伝子の変化は、次の世代に遺伝することはありません。
一方で、全身の正常細胞に生まれつき存在する遺伝子の変化が主な原因となり、発病するがんもあります。これらは遺伝性腫瘍と呼ばれます。精子や卵子の生殖細胞にも存在する遺伝子の変化なので、親から子へ遺伝する可能性があります。
「がんゲノム医療」において遺伝子検査を行うと、がんになりやすい遺伝子を先天的にもっていることが分かる場合(二次的所見といいます)があります。つまり、遺伝性腫瘍の発病に関連した遺伝子の変化が見つかることがあります。この場合、遺伝性であるために患者さんの血縁者も同じ遺伝子の変化を有している可能性があります。そこで、二次的所見として得られたゲノム情報を患者さんのみならず、血縁者の健康管理に役立てることも可能となります。遺伝子診療部では、遺伝カウンセリングを通して二次的所見に関するさまざまな心配や疑問への相談に対応し、一緒に最善の解決法を考えます。
遺伝カウンセリングとは?
遺伝カウンセリングとは、遺伝がかかわる疾患の患者さん・家族またはその可能性のある方に対して、生活設計上の選択を自らの意思で決定し行動できるように支援する医療行為です。そのため、必要に応じて遺伝子診断を行い、遺伝医学的な判断に基づき遺伝予後などの適切な情報を提供します。具体的には、遺伝カウンセリングを受ける人が、
①診断、疾患のおおよその経過、実施可能な治療法などを理解する
②その疾患に関与している遺伝様式、および特定の血縁者に再発するリスクを正しく知る
③再発のリスクに対応するための幾つかの選択肢を理解する
④適切と思われる一連の方策を選択でき、その決断に従って自ら実行できるようになる
ことを支援します。実際の遺伝カウンセリングでは、分かりやすく十分な情報を伝えるために、専門スタッフが相互にコミュニケーションを取りながら丁寧に説明します。皆さんと一緒に考え、診療科とも連携しながら皆さんをサポートしていきます。また、個人情報やプライバシーに関しては厳重に管理されていますので、安心して相談してください。
遺伝子診断と遺伝カウンセリングの体制
遺伝子診断とは、病気にかかわる遺伝子を調べ、遺伝医学的な見地から結果を分析して診断するものです。遺伝子診療部では、外部の検査機関や当院の検査部遺伝子検査室(写真)と連携して遺伝子診断を行います。実際に遺伝子診断を行う場合、先ずは検査に関する説明を行って同意いただいた後、少量の血液からDNAを抽出して疾患に関連する遺伝子を解析します(図4)。遺伝子検査の結果は決して外部に漏れないよう厳重に管理されています。
遺伝子診療部では遺伝医学の専門家である臨床遺伝専門医・認定遺伝カウンセラー等の各スタッフが、それぞれの専門性を生かして遺伝カウンセリングを行う体制をとっています。遺伝カウンセリングは完全予約制で、原則自費診療(保険外診療)になります。初診8,800円(1時間につき)、再診4,400円(30分につき)です。健康保険に収載された遺伝学的検査については、保険診療として対応できる場合もあります。詳細は病院スタッフにお尋ねください。
更新:2024.01.26