北海道の新たな搬送手段メディカルウィング
札幌医科大学附属病院
高度救命救急センター
北海道札幌市中央区

当院は2017年から開始された「北海道患者搬送固定翼機運航事業」の統括医療機関として、適応の判断や運航の調整、搬送の補助、事後検証などにかかわっています。約4年間で道内外へ108件の搬送実績があり全国初の試みとして注目されています。広域な北海道に欠かせない搬送手段となりつつあるメディカルウィングを安全に有効に活用することで北海道の地域医療に貢献していきたいです。

北海道の航空医療について
航空医療として皆さんが真っ先に思い浮かぶのはドクターヘリかもしれません。実際に北海道には札幌、旭川、函館、釧路の4か所にドクターヘリが配備されており、北海道の急性期医療を担っています。ドクターヘリは機体が小さく機動性に優れていますが、運航可能距離は全道をカバーできるほどではありません。道内のドクターヘリは通常100㎞半径を運航圏内(道外では50㎞半径)としており、重症患者さんを3次医療圏(*)内の救命救急センターに迅速に搬送することを主な目的としています(図1)。

一方で医療資源に偏りがある北海道では、札幌や旭川の大学病院などでしかできない治療もあり、例えば釧路から札幌などの3次医療圏を越えた搬送が必要な場合があります。状態が安定していれば車での地上搬送も可能ですが、重症で状態が安定していない患者さんは中型以上のヘリコプターや、飛行機による航空機搬送が必要になってきます。
もともと北海道は北海道防災航空室が窓口となり、防災航空室所有の中型ヘリコプターや自衛隊機などを使用して離島や3次医療圏を越える施設間搬送をしていました。防災航空室のヘリコプターは救助活動に使用される機体を利用しているため、救助事例との重複の可能性や搬送時の安定性を考えると、北海道のような広大な地域では医療優先固定翼機(飛行機)の導入を求める声が以前からありました。
*医療圏:地域の医療需要に対応して包括的な医療を提供していくための区域で、大きく3つに分けられる。3次医療圏(先進的な技術を必要とする特殊な医療に対応する区域、都道府県単位〈北海道のみ6つに区分け〉)、2次医療圏(健康増進・疾病予防から入院治療まで一般的な保健医療を提供する区域、一般に複数の市区町村で構成)、1次医療圏(日常生活に密着した保健医療を提供する区域、概ね市町村単位)
「メディカルウィング」導入の経緯
2010年に北海道医師会が事務局を担い、北海道の医療機関、医師会、自治体、消防機関等が構成員となり、「全道域をカバーする医療優先固定翼機の運航と関係機関の在り方を研究し、北海道における航空医療体制の充実を図ることを目的」とした北海道航空医療ネットワーク研究会(HAMN)が設立されました。
2010年度には民間企業の寄附により、第1回目の医療優先固定翼機(メディカルウィング)の研究運航が1か月間行われ、9件の搬送が実施され安全性を確認しました。さらに2011~2013年にかけて延べ12か月間、「北海道地域医療再生計画事業」を資金元として第2回の研究運航が行われ、85件(12月間)の搬送を実施して安全性と有用性について実証しました。これらを踏まえて、当院は主任研究機関として研究を主導しました。その実績が認められる形で2017年度からは、北海道の事業として国の予算を資金元とした「北海道患者搬送固定翼機運航事業」が開始されました。
当院は統括医療機関として、運航管理病院である手稲渓仁会病院と協力しながら、メディカルディレクター(依頼元の医師と電話で医学的なやりとりをして適応を判断したり、運航スタッフに医学的な指示をする医師)による適応判断や運航調整、搬送の補助、事後検証など、全国初となる医療優先固定翼機事業の運営に大きくかかわっています。
「メディカルウィング」の実際
医療優先固定翼機「メディカルウィング」は中日本航空所有のプライベートジェット、CessnaCitation Ⅴか Beechcraft King Air 200のどちらかを使用し、3席×2列ある座席の1列分に患者搬送用ストレッチャーを搭載できるように改造してあります(写真2)。

また、患者監視装置や人工呼吸器、酸素ボンベ等の医療資器材も搭載されており、重症患者さんに対応できるように準備されているとともに、保育器も所有しており低出生体重児などの搬送も可能となっています。
ヘリコプターと比べて飛行中の安定性や低い振動、騒音の少なさが利点ですが、ヘリコプターのように医療機関のヘリポートへ直接搬送することができないので、空港までの移動手段が必要なことや乗せ換え回数が多いことが不利な点です。道外への搬送に関してはヘリコプターでは難しいため、固定翼機での搬送が必要になります。
「北海道患者搬送固定翼機運航事業」について
本事業の搬送対象患者は、道内の医療機関で入院治療中の患者であり4つの基準を満たすことが条件です。
- 当該地域の医療機関では提供できない高度・専門的医療を必要としている
- 高度・専門医療機関へ転院して治療を受けることにより症状及び生命・機能予後の改善が期待できる
- 搬送中に医師による継続的な医学的管理を必要とする
- 搬送環境(使用可能な医療機器、室内与圧等)や搬送時間等の制約により当該事業による搬送が適当である
道外からの患者さんや医療帰省目的の患者さんを搬送することはできません。また機体が北海道に常駐されていないため翌日以降の計画搬送が主となります。
2017年7月30日より事業が開始されてから2021年10月までの全搬送実績は108件(2.1件/月)で、各年度の内訳は次のとおりです(図2)。15歳未満の小児が51件と約半数を占めており、航空機でしか搬送できない道外への搬送も12件ありました。

「メディカルウィング」の今後の課題について
前述のように2017年から開始している北海道の事業では、道外からや医療帰省目的で搬送することはできません。そこで2019年から民間企業の寄附を資金元に、北海道の事業では適応とならない患者さんを対象として需要と効果についての実証研究を実施しています。
- ①北海道でしかできない医療(現在であれば札幌医科大学の脊髄損傷(せきずいそんしょう)再生医療)を目的に道外から紹介されてくる患者さん
- ②新生児や小児で札幌や旭川に医療優先固定翼機で搬送し、手術後に地元へ帰るための搬送手段(バックトランスファー)
- ③道内旅行中にけがや病気で集中治療が必要となり、治療継続のまま地元に帰省を希望する道外の患者さんや、道外の旅行中に集中治療が必要となった北海道の患者さん(医療帰省)
特に②小児バックトランスファーの搬送手段の確保は、患者さんやその家族にとっても、札幌や旭川の高次医療機関の病床を空けるためにも大変意味のあることと考えています。
医療優先固定翼機の実証研究から10年以上がたち、北海道の事業が始まってから5年目を迎え、メディカルウィングはいまや広域な北海道には欠かせない患者搬送手段となりました。当院はメディカルウィング統括医療機関として、今後も北海道の医療に貢献していきたいと考えています。

(画像提供:中日本航空株式会社 情報元:中日本航空株式会社 HP)
更新:2024.09.23