低体温療法(低酸素性虚血性脳症に対する)

大阪母子医療センター

新生児科

大阪府和泉市室堂町

はじめに

○○病院から新生児搬送の依頼です。

「妊娠中特に異常のなかったお母さんが、在胎38週で、常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)の疑いで緊急帝王切開となりました。生まれた赤ちゃんはぐったりして、刺激しても自発呼吸が出現せず、蘇生を行っています。赤ちゃんの筋緊張や反射は回復せず、生後10分経過しても呼吸補助が必要です。新生児集中治療室での管理が必要だと思われます。赤ちゃんを迎えに来て下さい」

このような赤ちゃんに、どのような対応が必要でしょうか?

新生児仮死、低酸素性虚血性脳症

新生児仮死

生まれたとき、呼吸や心臓、神経系の働きが悪く、泣き声をあげなかったり、皮膚の色が悪かったり、全身がだらんとしている赤ちゃんがいます。新生児仮死と呼ばれ、Apgar scoreで評価します。呼吸、心拍数、皮膚色、筋緊張、反射の5項目に関して、出生後1分、5分、10分の点数をつけて仮死の判断をします。新生児全体の10%は自発呼吸を開始するのに皮膚乾燥や刺激などの介入が必要で、0・1〜3%は呼吸補助や心臓マッサージなどの蘇生処置を必要とします。新生児仮死は出生前から予側することは難しく、どのような分娩経過でも発生し得るといえます。

低酸素性虚血性脳症(HIE/Hypoxic Ischemic Encephalopathy)

低酸素性虚血性脳症(ていさんそせいきょけつせいのうしょう)は、新生児仮死が原因となって脳の低酸素と虚血(細胞への血液供給が不良)による神経症状を合併した状態をいいます。分娩1000例中1〜8例といわれています。意識障害やけいれん、反射の異常などを認め、脳性麻痺(まひ)やてんかん、精神運動発達障害などの脳障害を残したり、死に至ることもあります。

原因・病態

新生児仮死の原因は、常位胎盤早期剥離、子宮破裂、臍帯(さいたい)脱出、母体の血圧低下など、胎盤血流が何らかの理由により遮断され、胎児への酸素の供給が断たれてしまう場合と、新生児自身に疾患がある場合(奇形、神経筋疾患、中枢神経疾患など)があります。

HIEはこのような脳細胞に対する虚血と低酸素曝露に伴う脳神経細胞のダメージによって起こります。脳神経細胞のエネルギー不足がひきがねとなり、神経細胞に対して有害な物質が多種産生され、神経細胞障害が進行します。

治療

新生児仮死で呼吸や心臓の動きが不安定なときには、保温、酸素投与、人工換気療法、点滴などの治療を行います。加えて最も大切なのは、HIEに対して、脳を保護し、障害を残さないように治療を行うことです。脳保護療法として、唯一有効とされている治療が低体温療法です。低体温療法を行うことのできる高次医療施設へ赤ちゃんを搬送し、集中治療を行う必要があります。

低体温療法

低体温療法とは

全身を33〜34℃の低体温に冷却し、脳保護を図る治療です。脳細胞の低酸素や虚血が起こった後の、2次的な神経細胞障害に効果があると考えられています。世界的に大規模な臨床試験が行われ、2005年ごろから新生児のHIEに対する低体温療法の有効性が報告されました。生後18か月時点での死亡率の改善や、ハンディキャップの減少が報告され、さらに追跡調査で、年長児となっても効果が引き継がれる傾向にあることが確認されています。現在では中等症〜重症のHIEをきたした新生児に対して、低体温療法が推奨されています。

国内でも低体温療法が可能な施設が全国に広がり、標準化された方法で実施されるようになりました。全国規模での症例登録事業が行われており、蓄積されたデータは、より良い低体温療法を行うために活用されています。全国的には年間約170例が登録され、当センターも登録事業に参加しています。当センターでは例年、5例前後の赤ちゃんに低体温療法を施行しています(図1)。

グラフ
図1 当センターにおける低体温療法施行症例数

低体温療法の実際(図2、3、4)

写真
図2 低体温療法中の赤ちゃん
写真
図3 冷却装置 ARCTIC SUN® 5000
写真
図4 aEEG(amplitude-integrated electroencephalogram)
下段は脳波波形、上段は脳波の振幅の変化を圧縮して表示したトレンドグラフです

低体温療法の適応

低体温療法の導入は、周産期情報、胎児心拍数モニタリング、血液ガス所見、Apgar Score、新生児蘇生の詳細、そして神経学的診察所見を参考に行われます。胎盤所見なども含め、産科医、助産師と協力して、なるべく多くの情報を収集する必要があります。

低体温療法の実施の要件として指針が示されています(図5)。血液ガスやApgar Score10分値、蘇生の必要性などから「重度の全身低酸素・虚血があったこと」を判断します。神経学的な症状から「中等症から重症の脳症を認める」場合には低体温療法の適応となります。aEEG(amplitude-integrated electroencephalogram)(図4)を用いて脳波の異常やけいれんの有無を確認し、脳症の評価の参考にします。

表
図5 対象・適応基準
「低酸素・虚血があったこと」「脳症の程度」から適応を判断します

実際の現場では「脳症の存在」を決めることは難しいため、「重度の全身低酸素・虚血があった」と判断した時点で低体温療法が可能な病院へ搬送を考慮する必要があります。冷却の遅れは治療効果を減少させるため、低体温導入は時間との勝負です。速やかに新生児搬送を行い、全身状態の評価、点滴ルートの確保、冷却装置の準備、脳波モニタリングなどを同時に行います。

冷却開始

冷却開始は出生後6時間以内、冷却期間は72時間とされています。冷却方法としては全身冷却法と選択的頭部冷却法とがあり、どちらも同等の効果があるとされていますが、選択的頭部冷却法は温度管理が煩雑であるなど、国内では全身冷却が主流になりつつあります。選択的頭部冷却法では、深部体温を34〜35℃に、全身冷却法では、33〜34℃に維持するようにします。

低体温維持

低体温療法中は、綿密な全身管理が必要です。正常酸素・二酸化炭素レベルを目標とした人工呼吸管理を行います。血圧、脈拍の推移や、超音波検査を参考に循環動態を維持します。脳波の持続モニタリングを行い、状況に応じて抗けいれん薬による治療を行います。そのほか、適切な血糖、電解質の管理や、皮膚損傷などの低体温による副作用に注意します。

復温

冷却開始後72時間で復温を開始します。復温は1時間に0・5℃を超えない範囲で徐々に平常体温(36・0〜37・0℃)に戻します。全身状態が落ち着いたところで頭部MRI(日齢5〜14が理想)などの画像検査や脳波検査を行い、脳症の影響を評価します。

赤ちゃんとの接触

低体温療法を行う場合、赤ちゃんの搬送や、お母さんの体調によっては赤ちゃんと面会できないこともあり、ご家族に不安が強まることも多いです。赤ちゃんの様子を伝え、治療やケアの内容を共有し、医療スタッフとご家族で協同して赤ちゃんをサポートできるよう心がけています。届けていただいた母乳を口腔内(こうくうない)に塗布したり、枕元に置いてあげることも積極的に行っています。ご家族とのつながりは頑張っている赤ちゃんを励ます力になります。

まとめ

冒頭の赤ちゃんは、新生児仮死であり、低酸素性虚血性脳症が重症化していく可能性があります。低体温療法を念頭に新生児搬送を行います。出生病院で可能な限り全身状態を安定させ、高体温を避けて搬送チームの到着を待ちます。搬送後は、出生時の情報、脳症の程度、脳波所見、血液検査などを参考に、低体温療法の速やかな導入を行います。新生児のケアに習熟したスタッフが厳密な全身の集中管理と低体温療法による脳保護を行い、元気に退院できることを目指します。退院後も、小児神経科、リハビリテーション科、心理士など、各専門分野と連携しながら発達、発育をフォローし、お子さんの健全な成長を支援しています。

更新:2024.01.26