緩和ケアの今

済生会吹田病院

緩和ケア内科

大阪府吹田市川園町

緩和ケアの役割とは

がん対策基本法が施行されてから10年余になります。がんは油断できない疾病ですが、予後の悪い難治性疾患はほかにも多いのに、なぜ、がんという病気に対してだけの法律が制定されているのでしょうか。それは、日本ではがんが死因の1位となり、患者さんだけではなく、家族や友人、同僚など多くの人たちにとって、がんが非常にやっかいな存在となっていることが1つの理由として挙げられます。

残念ながら、がんが進行して発見された場合、患者さん一人ひとりの生活を考えると、その日常生活のあり方は、患者さんとその周囲の人たちだけではなく、日本の経済や産業のあり方、文化にも大きな影響を及ぼします。例えば、働き盛りの男性ががんと診断され、体力や気力が急に低下してしまったとしたら、その方の家族や友人も毎日の生活を心穏やかに過ごすことができず、また、職場でその方の担ってきた役割が欠け、代行する同僚の気持ちも穏やかではないでしょう。1人の患者さんが社会の中で果たしている役割は、簡単に想像できるほど小さなものではなさそうです。

がん対策基本法では、がんに対して国を挙げてさまざまな取り組みを行っていくための方策が、多方面から吟味されています。その中で緩和ケアの占める重要性は、法が改定されるたびに大きくなってきています。現在の緩和ケアは、病気になってもその人らしく生活していけるようにすることを大きな目標にしています。

もともと古典的な緩和ケアの考えは、聖地巡礼中に傷ついた旅人を癒やすこと(お遍路さんへの接待)から発生しており、施しを授ける場所は今日のホスピスの語源になっています。がん診療に限らず、21世紀の医療は分子生物学、遺伝子レベルの病態解明の発展とともに進歩し続けており、基礎分野の発見がすぐさま臨床応用される時代であるのに対し、緩和医療に対する世間一般の人々のイメージは未だに、16世紀の夕暮れの街道で旅人の傷口を洗う姿に終始している感は否めません。

2010年にテメルらが発表した「転移性非小細胞肺がん患者における早期緩和ケア」という論文は、世界に大きな波紋を投げかけました。その内容には、専門家の心理サポートをがんの診断時から検査や治療と平行して受けた患者のほうが、受けなかった患者よりもより質の高い生活をより長く享受して最期のときを迎えたということが示されています。論文の内容についてはその後も論争が続いていますが、がん診療や緩和ケアに携わっている医療者側としては、「やはりそうだったか」という感慨を覚えます。

当院は急性期病院であり、がんの早期発見、早期治療に尽力していますが、緩和ケアについても一人ひとりの患者さんの状態に合わせ、治療と平行して提供しています。

更新:2024.10.18