破裂する直前まで気がつかない腹部大動脈瘤
札幌医科大学附属病院
心臓血管外科
北海道札幌市中央区

腹部大動脈瘤とは?
腹部大動脈が部分的に大きくなる病気で、正常の太さの1.5倍以上に瘤(こぶ)状に膨らんだものになります。腹部大動脈の場合には正常な太さが約2cmであるため、3cm以上に膨らんだ場合に「腹部大動脈瘤」と診断します(図1)。その原因の90%以上は動脈硬化であり、そのほかに感染症(梅毒、サルモネラ菌など)、炎症を引き起こす病気(高安動脈炎、ベーチェット病など)、けが、先天性(生まれつき)の病気(マルファン症候群、エーラス・ダンロス症候群など)などが原因として知られています。国内の腹部大動脈瘤の外科治療は毎年増加しています。

腹部大動脈瘤とはどんな病気?
腹部大動脈瘤を診察するうえで、最も重要なことは、大動脈瘤は原則として無症状であるということです。したがって健診や他の疾患の診察時に偶発的に診断されることがほとんどです。
腹部に拍動性腫瘤(はくどうせいしゅりゅう)を触知(*)することで受診する患者さんがたまにいるくらいですので、家庭医は患者さんの腹部大動脈瘤が破裂するまで、その存在に気がつかないのです。たとえ腹部大動脈瘤の存在に気がついていても、症状がないので経過観察していたという内科医もいます。胸部大動脈瘤であれば胸部レントゲン写真で診断可能ですが、腹部大動脈瘤は腹部レントゲン写真では診断できません。
また大動脈瘤は一度発生すると拡大を続ける傾向にあり、破裂すると病院に緊急搬送されても、半数以上が救命不能です。症状が出たときは切迫破裂(破裂する直前)が疑われ、そうであればいつ破裂して死に至っても不思議はありません。したがって無症状の状態で診断・治療を行うことが最も重要です。
*触知:手の指で、脈やしこりなどを触ることができること
どんな人がかかりやすいの?
腹部大動脈瘤発症の危険因子としては、高齢(60歳以上)、男性、喫煙者、腹部大動脈瘤の家族歴がある、他部位の大きな動脈瘤の存在、動脈硬化性疾患をもっているなどが指摘されています(図2)。腹部大動脈瘤は60歳未満の人ではほとんどみられませんが、加齢とともに発症する人が多くなります。

また、喫煙は腹部大動脈瘤の拡大・破裂の重大な危険因子です。喫煙によって動脈瘤の拡大速度は20~25%上昇するともいわれ、逆に禁煙により大動脈瘤拡大のリスクは低下します。(1、2)
治療法を教えてください
破裂しそうな腹部大動脈瘤があったとしても、内科的治療(薬の内服)では、大動脈瘤は小さくなりませんし、破裂を止めることはできません。治療として確実なのは、破裂する前に外科治療(手術)を受けることです。外科治療は基本2種類のみです(図3)。

(A)人工血管置換術(じんこうけっかんちかんじゅつ)
腹部を切開し、腹部大動脈瘤を露出して、血流を止めて瘤の上下を切除し、人工血管を上下の大動脈と縫い合わせる手術で、高い技術が必要になります。
(B)血管内治療(ステントグラフト内挿術)
ステントグラフトとは、ステントといわれるバネ状の金属を取り付けた人工血管で、カテーテルの中に収納して両側の太ももの付け根から大腿動脈(だいたいどうみゃく)を通じて、大動脈瘤の前後を含めた大動脈内に留置します。お腹(なか)を切開することはなく、一般的には人工血管置換術より体への負担は少ないです。
国内では手術成績が良好であるため、適応を最大短径50mm以上としている施設が多く、また同じ大きさであっても女性の破裂率は男性の4倍と報告されており、体格も男性に比べ小柄な女性については、最大短径45mmを超えた場合は手術の適応とされています。最大短径を適応できるのは、腹部大動脈瘤が紡錘状瘤(図1-A)であるときのみで、大動脈の一部が突出するような形(嚢状瘤(のうじょうりゅう)(図1-B);eccentric saccular)の場合には、大きさにかかわらず手術を勧めています。
どうすれば予防できますか?
先述したように、高齢者に多い高血圧症と長期間の喫煙習慣は腹部大動脈瘤の拡大・破裂の重大な危険因子になります。また腹部大動脈瘤の予防は、動脈硬化の予防に通じています。内臓脂肪型肥満に注意し、糖尿病・高血圧・脂質異常症の予防や治療を継続することで腹部大動脈瘤の発症を予防することが可能です。
【参考文献】
1)MacSweeney ST, Ellis M, Worrell PC, et al. Smoking and growth rate of small abdominal aortic aneurysms. Lancet 1994; 344: 651-652.
2) Chang JB, Stein TA, Liu JP, et al. Risk factors associated with rapid growth of small abdominal aortic aneurysms. Surgery 1997; 121:117-122.
更新:2024.09.23