前置癒着胎盤に対する安全な帝王切開術の開発(子宮底部横切開法)

総合周産期母子医療センター

前置癒着胎盤とは

胎盤が正常より低い位置に付着し、子宮の出口を覆っている状態を「前置胎盤(ぜんちたいばん)」といいます。その頻度(ひんど)は、全分娩(ぶんべん)の0.26~0.57%に上ります。前置胎盤に、胎盤と子宮が癒着(ゆちゃく)(強くくっつくこと)して、はがれなくなる癒着胎盤が合併することがあります。この前置癒着胎盤(ぜんちゆちゃくたいばん)は、母体死亡につながるような大量出血を引き起こす危険な病気です(図1)。

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図1 前置癒着胎盤
胎盤が子宮の出口を覆っていて、はがれなくなる前置癒着胎盤は、母体死亡につながる危険な病気です

前置癒着胎盤は、子宮の内膜が傷つくことなどにより発症します。高齢妊娠、喫煙、不妊治療、帝王切開の既往、流産手術の既往などが原因として挙げられています。近年では、不妊治療の普及、帝王切開数の増加などにより前置癒着胎盤の発症が増えています。

前置癒着胎盤の治療

前置癒着胎盤と診断された場合には、安静が必要になります。私たちは、妊娠30週前後からの入院管理としています。妊娠中に出血を認めた場合(このような出血を警告出血と呼びます。いつ大量出血が起きてもおかしくないと警告を受けているのです)には、その時点で入院が必要となります。妊娠33~34週ごろから、事前にお母さんの血液を採血して(貯血)、大量出血に備える「自己血貯血」が行われます。さまざまな診療科との検討会を繰り返しながら、分娩に向けて万全の態勢を整えていきます。

前置癒着胎盤の分娩は帝王切開が原則です。通常は、妊娠37週末までに行われます。帝王切開の予定日より前に出血が起きてしまった場合には、緊急帝王切開が必要になります。そのため、前置癒着胎盤と診断された場合には、麻酔科や新生児の集中治療室(NICU)などの設備が整っている大学病院での妊娠管理が望ましいと考えています。出血が大量になると、赤ちゃんだけでなく、お母さんの生命に危険が及ぶこともあります。どうしても出血が止まらない場合には、子宮を摘出せざるを得ないこともあります。

前置癒着胎盤による大量出血の克服は、産科医にとって永遠の課題です。私たちは、不幸にも前置癒着胎盤になってしまった患者さんを助けるために、新しい帝王切開の手術法を開発しました。それが、「子宮底部横切開法(しきゅうていぶおうせっかいほう)」です。

子宮底部横切開法

通常の帝王切開は、子宮下部(子宮の下の方)を横に切って赤ちゃんを娩出(べんしゅつ)します(図2a)。前置癒着胎盤の患者さんの帝王切開に子宮下部横切開を行うと、赤ちゃんを娩出するために胎盤に切り込むことになります(図3)。胎盤は赤ちゃんのために血液がたくさん流れている臓器ですから、胎盤を切った瞬間に大出血が始まり、母児ともに危険な状態になります。

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図2 帝王切開
通常の帝王切開は子宮下部(子宮の下の方)を横に切って赤ちゃんを娩出する(ⓐ)。一方、子宮底部横切開法は、胎盤から遠く離れた子宮底部(子宮の上の方)を横に切って赤ちゃんを娩出する(ⓑ)
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図3 前置癒着胎盤における通常の帝王切開の危険性
前置癒着胎盤の帝王切開に子宮下部横切開を行う(子宮の下の方を切る)と、胎盤を切った瞬間に大量出血が始まり、母児ともに危険な状態に陥る

一方、私たちが開発した子宮底部横切開法は、胎盤から遠く離れた子宮底部(子宮の上の方)を横に切って赤ちゃんを娩出します(図2b、写真1)。胎盤を切らずに手術を行うため、ゆっくりと安全に帝王切開を進めることができます。

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写真1 子宮底部横切開法
胎盤から遠く離れた子宮底部(子宮の上の方)を横に切って赤ちゃんを娩出する(☆は子宮底部を切ったところ)

現在、全国の主要な施設にお願いして、子宮底部横切開法の実態調査を行っています。調査の結果、これまでに300人以上の前置癒着胎盤の患者さんが、子宮底部横切開法により無事に出産されたことが分かりました。出血量を軽減し、母児の安全を守ることができる、画期的な手術法であるとの評価を受けています。

安全・安心な妊娠管理のために

子宮底部横切開法は、目の前の患者さんを救うための手術として開発されたため、「次の妊娠時の子宮への影響が分からない」という点が問題となります。この課題を克服するために、子宮底部横切開法への工夫を今後も続けながら、手術の安全性をさらに高めたいと考えています。

当センターには、妊娠・出産管理を行う上で特にリスクが高いと考えられる患者さんのために、MFICU(母体胎児集中治療室)を設けています。国内でも数台しかない最新の設備を備えたMFICUをさらに充実させながら、前置癒着胎盤などのリスクを持った妊婦さんの安全な妊娠・出産に寄与したいと考えています。私たちは、お母さんと赤ちゃんの笑顔を守るために、努力を続けています(写真2)。

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写真2 当院は、お母さんと赤ちゃんの笑顔を守るための努力を続けています

更新:2024.10.03