小児の鼠径ヘルニア

浜松医科大学医学部附属病院

小児外科

静岡県浜松市東区半田山

鼠径ヘルニアとは?

鼠径(そけい)ヘルニアは、足の付け根付近(鼠径部)が膨隆(ぼうりゅう)することで気づかれる疾患です。

ヘルニアとは、体の臓器などが、本来あるべきところから「脱出」することを指します。鼠径部に臓器が脱出することから、「鼠径ヘルニア」といいます。脱出する臓器はお腹(なか)にあるべき腸で、鼠径部に脱出することから、「脱腸」と呼ばれることもあります。女児では、卵巣が脱出することもあります。

鼠径ヘルニアは、年配の方にもなじみの深い疾患ですが、小児と成人では発生原因が異なります。

原因

鼠径部に、本来お腹にあるべき腸などの臓器が脱出する鼠径ヘルニアですが、ヘルニアになるお子さんには、生まれつきこの鼠径部に袋が存在します。

鼠径部にある袋は、お母さんのお腹にいるときに、男児では精巣の、女児では子宮の成長過程で、誰にでもできる袋です。お腹の腸などの臓器がある広い空間とつながっています。そのため、袋があると、お腹の大きな空間から鼠径部にある袋に続く穴が開いた状態になっています。

通常は、生まれてくるまでに鼠径部の袋は閉鎖して穴はなくなりますが、この袋が消えずに残ると、ヘルニアになります。つまり、この穴を通って腸が袋に入り込んだ場合に、鼠径部が膨らみ、腸がお腹の空間に戻ると膨らみはなくなります。右や左の片側だけヘルニアがある場合や、両側ともヘルニアがある場合など、状態はさまざまです。

例えば、3歳や4歳で、初めて膨らみに気づかれることがあります。これは、その頃に穴が開いたのではなく、実は生まれたときから穴が開いており、腸の脱出はあったと思われ、それが3歳・4歳で初めて気づかれたということです。穴が新たに開いたのではなく、閉じなかった、ということです。

なお、成人期に起こる鼠径ヘルニアは加齢によるもので、鼠径部の構造が弱くなるために、腸が鼠径部に脱出します。小児では、この鼠径部の構造が弱いわけでなく、先天的な原因で起こります。

診察から治療まで

さて、この袋の穴は本来、生まれるまでの間、お母さんのお腹にいるときに自然閉鎖するものです。閉鎖せず、生まれた後に自然閉鎖する可能性は、生後約3~6か月までといわれています。この時期を過ぎると、自然に閉鎖することはありません。赤ちゃんのこの時期には、泣いたりすることで腹圧(ふくあつ)もかかり脱出しやすく、自然閉鎖を過度に期待できるものでもありません。

また、通常は腸が出たり入ったりしているわけですが、嵌頓(かんとん)という腸がはまり込んで戻らなくなることがあります。これは非常に痛いため、気づかれないということはありませんが、赤ちゃんのときには「痛い」ことを伝えられないため、発見が遅れることがあります。

嵌頓の場合は、診察時に腸をお腹の空間に戻すこと(整復(せいふく))を行いますが、戻らなければ緊急手術が必要です。時間が経っていると腸が壊死(えし)(組織や細胞が死んでしまうこと)していることもあり、その場合は腸を切除しなければならないこともあります。

鼠径ヘルニアに対する薬はありません。放置すると嵌頓の可能性もあるため、原則手術になります。当科では、出生直後に見つかった場合は、自然閉鎖する可能性のある6か月まで待ちますが、嵌頓が起きた場合は、整復を行えても手術の時期を早めます。

手術の方法

手術は、鼠径部にある穴を閉じる手術になります。以前は、膨隆している鼠径部の場所を切開し(図1の◯の部位)、体の外からこの穴を閉じていましたが、近年、大学病院やこども病院などの大きい病院では、患者さんのお腹の中から穴を閉じる「腹腔鏡(ふくくうきょう)」での手術が一般的になりつつあります。

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図1 鼠径ヘルニアの発生部位(右)

手術の概要を説明します。

まず、お臍(へそ)を切開し、お臍からお腹の空間に空気を入れ、お腹を膨らませます。このスペースで手術することになりますので、小児では成人と比べて狭い空間での手術となります。お臍から5㎜の太さの細長いカメラを入れ、大きいテレビ画面に映して、お腹の中を観察します。お腹の中から鼠径部を観察すると、腸が入っている穴が見つかります(図3)。

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図3 お腹からみた鼠径部
点線は糸。これをしぼり穴を閉じます

穴を閉じる方法は、操作を行う器具(太さ3㎜)を右腹部から入れ、また鼠径部の穴の開いているすぐ上から糸つきの針を入れます。そしてこの穴を360度全周に針とともに糸を通します。この糸を縛ると穴が閉鎖して、腸が入らないようになります。

この際、男児では、精巣に関連する血管(精巣動静脈)や精子を通す管(精管)が穴に接しているため、これらを巻き込まないように繊細な手技を要します。また女児では、子宮が左右に引きつれていたり、卵巣が穴の近くにあったりしますが、同様に繊細な手技により穴を閉鎖します。

もし右がヘルニアの場合、この手術のときに左の鼠径部も観察します。穴が同様に開いていれば、同時に閉鎖することもできます。

手術の創(きず)は、お臍、お腹の右に3㎜、鼠径部の針穴の3か所になりますが、それぞれ小さく、あまり目立ちません(図2)。手術から約1週間後の外来で、手術の創をみていくことになります。

図
図2 手術の創部(傷)

更新:2023.10.26