悪性リンパ腫に対する新しい治療とゲノム医療

藤田医科大学病院

血液内科 化学療法科

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

悪性リンパ腫とは

血液の成分には、白血球、赤血球、血小板などがあり、白血球は「免疫力」の主役として重要な役割を持っています。白血球には好中球(こうちゅうきゅう)、リンパ球(B細胞、T細胞、NK細胞)、単球などの種類があり、そのうちリンパ球ががん化して腫瘤(しゅりゅう)を形成する疾患が「悪性リンパ腫」です。

悪性リンパ腫は、血液悪性腫瘍(しゅよう)の中で最も頻度(ひんど)が高い疾患で、頸(くび)、脇の下、足の付け根、腹腔内(ふくくうない)などのリンパ節に発症する典型的なものから、消化管、肝臓、脾臓(ひぞう)、肺、脳、骨髄(こつずい)など、リンパ節以外の場所から発生する場合もあります。がん化したリンパ球の種類によってB細胞リンパ腫、T/NK細胞リンパ腫などと分類されますが、特に頻度が高い疾患はびまん性大細胞型(だいさいぼうがた)B細胞リンパ腫、ろ胞性(ほうせい)リンパ腫などのB細胞リンパ腫で、全体の約8割を占めます。

診断は腫瘍の生検による病理診断が主体となりますが、腫瘍の場所や病型によっては、病理診断が極めて困難な症例もあります。

悪性リンパ腫の原因

「遺伝子」とは、細胞や組織、そして身体全体の設計図です(図1)。「ゲノム」とは遺伝子全体を指す言葉で、体中のすべての細胞一つひとつが同じゲノム情報を持っています。近年、遺伝子の情報が「突然変異」などによって書き換わってしまうこと、いわゆる「ゲノム異常」が、がんの原因であることが明らかとなってきました。

イラスト
図1:遺伝子、染色体、細胞、そして組織身体の組織はいずれも一つひとつの細胞から構成されていますが、それぞれの細胞には同じ遺伝情報(ゲノム遺伝子)が含まれています

ゲノム異常は放射線や紫外線、喫煙などによって引き起こされるほか、加齢によっても生じることが分かっています。悪性リンパ腫では、リンパ球に含まれる遺伝子に何らかの理由で異常が起こり、それがいくつか積み重なることで病気が発症します。どの種類のリンパ球に、どの場所で、どのタイミングで遺伝子異常が起こるかによって、リンパ腫の病型が決まると考えられています。

悪性リンパ腫に対する新しい治療薬

悪性リンパ腫に対する治療法は、これまでは「抗がん剤治療」が一般的でしたが、最近の10年あまりで「分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)」の開発が進みました。

分子標的薬は、リンパ腫細胞に対してほぼ特異的に作用するため、従来の抗がん剤に比べて効果が高く、副作用も少ない傾向にあります。現在は、B細胞リンパ腫細胞の表面に発現するCD20抗原を標的としたモノクローナル抗体治療薬(リツキサン®、ガザイバ®、アーゼラ®など)や、ホジキンリンパ腫や一部のT細胞リンパ腫に発現するCD30抗原に対する抗体に抗がん剤を結合させた抗体薬物複合体(アドセトリス®)などが、単剤や従来の化学療法薬との併用で使用することが可能となっています。また最近では、再発・難治B細胞リンパ腫に対して、生きたリンパ球に抗CD19抗体を人工的に発現させて体内に導入する「CAR-T(カーティー)療法」(キムリア®)も新たに登場しました。

一方、悪性リンパ腫の発症や進行に重要である酵素の機能を阻害する標的薬「酵素阻害剤」の開発も次々進んでおり、現在ではマントル細胞リンパ腫や慢性リンパ性白血病に対して、BTK阻害剤(イムブルビカ®)を使用することができます。

悪性リンパ腫におけるゲノム医療

悪性リンパ腫には多くの病型が存在することを先に紹介しましたが、腫瘍細胞から抽出した遺伝子を網羅的(もうらてき)に細かく調べる技術が進歩したことにより、それぞれの病型に特徴的な遺伝子異常のパターンが明らかとなってきました。これを背景として現在では、リンパ腫の診断や治療効果を期待できる分子標的薬の選択などに、遺伝子検査を役立てる試みが広がっています。

臨床現場で遺伝子検査を行い、診断や治療方針の決定に役立てることを「クリニカルシーケンス」と呼びますが、現時点では研究段階ではあるものの、日本医療研究開発機構(AMED(エーメド))における「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業」に代表されるように、日本全体でクリニカルシーケンスを推進する動きがあります。

当科では、上記事業(堀部班、2016~2018年度)において、成人悪性リンパ腫分野の多施設共同研究における研究代表施設として積極的にかかわり、患者さんの遺伝子解析データを実臨床にいち早く応用してきました。また、当施設における遺伝子解析研究の倫理審査承認をうけ、有用と判断された患者さんにおいて、同意書を取得の上、疾患にかかわる遺伝子変異解析を行い、一部診断などに役立ててきました。

最近では、診断が困難であるリンパ腫疑いの患者さんの末梢血(まっしょうけつ)や脳脊髄液(のうせきずいえき)を用いて遺伝子変異解析を行う(図2)、いわゆる「リキッドバイオプシー」(腫瘍細胞を用いない、液体成分を用いた遺伝子変異解析)を行い、悪性リンパ腫の早期診断に役立てる試みを始めています。

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図2:悪性リンパ腫におけるリキッドバイオプシー悪性リンパ腫患者さんの末梢血や脳脊髄液を用いて、遺伝子変異解析が可能な場合があります。将来的に、診断や適切な標的治療薬の選択、治療の効果判定などに応用できる可能性があります

また、化学療法後にわずかに残る腫瘍「微小残存病変」を、リキッドバイオプシーの手法で検出する試みも行っており、来るべきゲノム医療を見据えてより先進的な医療の実用性、有用性についての検討を積極的に進めています。

更新:2024.10.08