社会復帰を目指す集中治療

藤田医科大学病院

麻酔科 ICU

愛知県豊明市沓掛町町田楽ヶ窪

集中治療とは?

集中治療とは、「生命の危機にある重症患者さんを、24時間の濃密な観察のもとに、先進医療技術を駆使して集中的に治療するもの」と定義されています。診療技術の進歩、診療機器・モニターの進歩により、集中治療自体がめざましい進歩を遂げていますが、専門トレーニングを受けたドクターやコメディカルがその診療に深く関与することが、患者さんを救うために最も重要と考えられています。

今も昔も「人」が24時間体制で集中治療を支えています。重症患者さんを治療する場所であるからこそ、高い質で効率の良い診療を行う集中治療専門スタッフからなる「集中治療チーム」の存在が不可欠です。

集中治療専門医による集中治療

集中治療室での治療には、集中治療専門医が常駐して治療の必要な患者さんの治療を行う「Closed System」と主治医が集中治療室を利用して治療を行う「Open System」の2通りあります。当院では麻酔・侵襲(しんしゅう)制御医学講座のスタッフである集中治療専門医が24時間常駐し治療にあたる「Closed System」を採用しています。「人」が重要な要素である集中治療室では、その専門性が大切な要素であることは前述の通りですが、そこに麻酔医の特技である「きめ細やかさ」が加わることで、より一貫した、常に患者さんと向き合う治療を可能としています。

また、当院集中治療室では、血液浄化療法(血液透析と同じ要領で病気に悪影響を及ぼす物資を除去する治療)や、心臓や肺が働かなくなった患者さんの血液をポンプで体の外に出して、人工の肺を通し、酸素と二酸化炭素を交換して戻す治療(ExtraCorporeal Membrane Oxygenation:ECMO)など、先端の治療も同時に提供しています。

図
図:ECMOの仕組みと生還された患者さんの実例

集中治療がもたらした生への光

「集中治療の進歩」「集中治療専門医による治療」「優れた集中治療チーム」により、集中治療室における重症患者さんの治療成績は飛躍的に向上しました。短期的に見れば、入室患者さんの死亡率は著しく改善し、2002年の報告では国内における集中治療室での死亡率は10~15%程度です。当院集中治療室ではさらに低く1~2%であり、多くの方は生存退室が可能となっています。

集中治療室退室後の経過

集中治療の進歩が患者さんの治療に光明を与えて「命」を救うことになりましたが、重症病態である場合、そのダメージは計り知れません。そのため、完全に回復することができず、例えば重症肺炎で集中治療室に入室した患者さんの3年後の死亡率は40%近いと報告されています。また、全身に菌が回って臓器がいくつも障害を起こす敗血症(はいけつしょう)という疾患から集中治療によって生還し退室した患者さんでも、3分の1の方が6か月以内に亡くなっているというデータもあります。それ以外にも、認知機能の低下、患者さん本人や家族のうつ病発症などが知られており、これらを総称して「集中治療後症候群」(Post Intensive Care Syndrome:PICS)と呼んでいます。

PICS対策

PICSの要因として、①疾患の重症度、②医療介入、③環境要因、④精神的要因があります。これらが複雑に絡み合いPICSの発症に至ると考えられています。患者さんの重症度は変えられませんし、医療介入も全くしないわけにはいきません。

疾患治療とPICS予防は相反する可能性はありますが、今後重要となってくるのは「集中治療から生還した、その後」です。そのため、当院集中治療室では積極的なリハビリテーションを行っています。まだ意識のない状態であっても、理学療法士が毎日関節を動かしたり、自転車漕ぎ運動を電動で行ったりすることで筋力が維持され、退室後の運動機能が保持されます。また、筋肉を作るタンパク質摂取量にもこだわり、炎症によって消費されるタンパク質を的確に補うように心がけています。

PICS予防に対する新たな試み

1つは面会時間の制限撤廃です。家族が患者さんと触れ合える時間を増やすこと、家族が治療に参加する機会を増やすことで、患者さんだけでなく家族も含めた精神的ストレス軽減に繋がります。

次に「PICSカンファレンス」です。PICS発症が予想される重症患者さんについて、集中治療専門医、看護師、薬剤師、理学療法士などが集まって対策を協議しています。そこでは治療、鎮静薬などの薬剤、リハビリテーション、患者さんと家族のかかわりやストレスなどを他職種で評価・検討してPICS予防に反映しています。また患者さんと家族の精神的ストレス軽減と、治療への理解、集中治療チームとのコミュニケーション向上のために集中治療室日記を始めました。この日記を通じて、患者さん、家族、集中治療チームのそれぞれが、意識のないとき、不在時の記憶の欠如や歪みを修正し、治療の内容や気持ちを共有することができます。これがPICS予防に繋がると考えられています。

当院集中治療室では、先端の治療からPICS予防に至るまで、集中治療専門医や集中治療専門チームがきめ細やかに実行することで、社会復帰に繋がる集中治療の実現を目指しています。

病院の中の病院

集中治療室は、「病院の中の病院」と表現されることもあります。各領域のエキスパートの先生が治療に難渋している患者さんをお預かりして専門治療を施す場であるからです。直接表には出ませんが、もう助からないと思われた患者さんを絶対救うんだという決意を持って臨む「縁の下の力持ち」。そんなシャイですが熱いハートを持った戦士、それが集中治療医です。

更新:2022.03.08