遺伝子診断による肺がんの個別化医療
愛知医科大学病院
呼吸器・アレルギー内科 臨床腫瘍センター(腫瘍内科部門)
愛知県長久手市岩作雁又
がんの個別化医療
2015年、米国のオバマ大統領(当時)は一般教書演説でプレシジョン・メディシン(精密医療)を提唱しました。これは、がん患者さんの血液、がん組織などからがんに関連する遺伝子などを調べることで、それぞれの患者さんの状態に応じた治療法に結びつけようとするものです。このような取り組みは真新しいものではなく、ゲノム医療、個別化医療、オーダーメイド医療などとして進歩しつつありました。これらは先進的な研究としてなされてきましたが、米国では国が積極的に支援し、政策として強く進めていくことを明らかにしたのです。
国内でも同様の取り組みが進められ、より個々の患者さんの状態に合った治療が推進されようとしています(図1)。当院でも遺伝子診断を積極的に取り入れて、それぞれの患者さんに最適な治療が届けられるよう工夫しています。
治療方針の考え方
肺がんの広がり具合(病期またはステージといいます)は1期から4期に分類されます(図2)。原発巣(大元のがん病巣)が小さく転移も全くなければ手術だけで完治が期待できますが、原発巣が大きくなったり、近くのリンパ節(肺門リンパ節)にがんの転移があったりすると、切除できても再発リスクが大きくなるため術後に抗がん剤治療が行われます。がんが局所で進行したり、リンパ節転移が深いところ(気管・食道の周囲など、縦隔といいます)に及ぶと切除はできなくなります。それでもがん病巣をすべて放射線治療でカバーできれば根治できる可能性はあり、さらにその効果を高めるために抗がん剤治療の併用を検討します。がんがさらに広がると(4期)根治は望めず、全身に届く抗がん剤が最適の適応となり、生活の質(QOL)を保ちつつ長生きを目指す方針になります。
また、つらい症状を和らげる緩和療法は病期にかかわらず大切な治療法です。これらの治療法はそれぞれの患者さんの体力や全身状態に応じて、利点(治療効果)・欠点(副作用など)のバランスを考慮して、その患者さんにとってのベストな選択ができるよう治療法を考えていきます。
抗がん剤治療(薬物療法)について
「図3」は肺がん治療に使われる抗がん剤を開発の年代ごとに示したものです。肺がんの抗がん剤治療は、プラチナ抗がん剤と非プラチナ抗がん剤の併用療法が長らく標準療法(治療成績が最も優れた治療法)として使われてきました。2000年代以降は分子標的治療、2015年からは免疫療法が導入され、これらを含む個別化医療へシフトしてきています。ある特定の因子(タンパク質などの分子)にがんの増殖が強く依存している場合、その因子(標的となる分子)を抑える薬があれば治療に大きな効果が期待できます。これが分子標的治療です。一方その分子を持っていないがんだと効果は期待できません。そのため、それぞれの患者さんについてその分子の有無を調べて個々の患者さんに最適な治療を選択します。これが治療の個別化です。現在国内では、EGFR、ALK、ROS1の3種類のがん遺伝子異常に対して7種類の分子標的治療薬が承認されています。
がんに対する免疫は、がん細胞を異物とみなして排除するものですが、がん細胞はこの免疫反応にブレーキをかけてしまう分子(PD-1、PD-L1など)によって、免疫反応から逃れる仕組みを持っています。現在、肺がんに使われる免疫療法は、この免疫に対するブレーキ分子の働きをブロックすることで本来の免疫反応を取り戻させるものです。免疫ブレーキ分子PD-L1が強く発現している肺がんでは、免疫療法(ペムブロリズマブ、商品名:キートルーダ)が従来の抗がん剤を大きく上回る効果を示しました(図4)。このような個別化医療は、さらに進歩していくことが期待されます。
当院でも、個々の患者さんの状態に合わせて最適な治療が選択できるよう、最大限の配慮をしています。
LC-SCRUM-Japan(LCスクラム・ジャパン)の活動
LCスクラム・ジャパンは、米国のプレシジョン・メディシン・イニシアチブとは独立して、国内で国立がん研究センターが主導して進められてきた全国プロジェクトです。その目的は、治療に結びつくと期待される遺伝子変化をより広く調べて個別化医療とがん治療開発をさらに押し進めることです。当院もLCスクラム・ジャパンに参加して肺がんの個別化医療推進に努力しています。
更新:2024.10.04