遺伝子検査を駆使した感染症診断や感染対策の取り組み

浜松医科大学医学部附属病院

感染対策室

静岡県浜松市東区半田山

感染症とは?

健康な人でも、皮膚や口の中、胃腸などには微生物と呼ばれるウイルスや細菌、真菌(しんきん)(かび)がいます。ほとんどの微生物は体の中で共存し、消化や生理的な働きを助けていますが、中には病気を引き起こす病原微生物もいます。病原微生物が体の中に入り、増えた状態を「感染」といい、痛みや腫(は)れ、発熱といった症状のある状態を「感染症」といいます。

感染症は自然に治癒したり抗菌薬などによる治療で治ったりすることが多いですが、時には死に至るような感染症もあります。

早期に診断するPCR検査

PCR検査は、目に見えないウイルスや細菌を、遺伝子レベルで検出することが可能な検査で、現在では感染症の診断に必要不可欠なものとなっています。

感染症を引き起こすウイルスや細菌などの病原微生物には数多くの種類が存在しますが、それらをいち早く検出することが重要です。当院では、マルチプレックスPCR検査や約1時間で検出可能な迅速PCR検査の装置を取り入れています(写真1)。

写真
写真1 遺伝子検査装置

マルチプレックスPCR検査は、一度の測定で10種類以上のウイルスや細菌を検出することが可能で、肺炎や気管支炎であれば、新型コロナウイルス以外にも呼吸器感染症を引き起こすインフルエンザウイルスやライノウイルス、RSウイルスなどを検出します。

また、敗血症や髄膜炎(ずいまくえん)など生命を脅かす重症感染症では、血液や髄液をマルチプレックスPCR検査で検索することにより、原因となるウイルスや細菌を検出する以外にも、抗菌薬が病原微生物に効くかどうかの判定をする耐性(*)遺伝子を確認することも可能であり、適切な治療につなげています。

感染症は早期に診断し、できるだけ早く適切な治療を開始することがポイントで、それぞれの遺伝子検査装置の特性を生かしながら、これらの検査を使い分けています。

* 耐性/細菌やウイルスが薬に対して抵抗力を持つようになり、薬が効かなくなること

院内感染を防ぐ遺伝子検査

人の体や環境には多くの細菌が存在し、触れたり咳(せき)やくしゃみをしたりすることで、人から人へ伝播(でんぱ)することがあります。

当院には、高齢者や免疫力が低下している方が多く入院しているため、院内での感染伝播を最小限に抑えなければなりません。そのために大切なことは、日頃の感染対策に加え、感染伝播の疑いがあれば、ほかの感染者をいち早く見つけることです。

病棟や外来で同じ種類の細菌が多く検出された場合には、由来が同じかどうかを判定するために、遺伝子タイピング検査を行います。遺伝子レベルで細菌の特徴を何種類かのタイプに区別し、同じ由来かどうか判断します。もし同じ由来の細菌とわかれば、感染伝播の可能性を考えて早急に対策を行います。

新型コロナウイルスについても、院内への持ち込みや感染を防ぐために、遺伝子検査であるPCR検査を活用しています(写真2)。

写真
写真2 新型コロナウイルスのPCR 検査

例えば、発熱や喉(のど)の痛みなど、風邪(かぜ)症状のある患者さんに対してPCR検査を行うだけでなく、入院する患者さんにも唾液(だえき)もしくは鼻咽頭(びいんとう)ぬぐい液を採取してPCR検査を行っています。入院患者さんの新型コロナウイルスの陽性者を早期に見つけることで、院内でのクラスターを未然に防いでいます。

変異株や薬剤耐性菌の遺伝子検査

ウイルスや細菌などの病原微生物は、自然界の変化に適応するために遺伝子変異を起こし、生き残ろうとしているといわれています。新型コロナウイルスも同様で、国内においても、さまざまな変異株が海外から流入し、アルファ株、デルタ株、オミクロン株と、次々に新しい変異株に置き換わってきました。

遺伝子の配列が異なることで、ウイルスの性質も変化するため、変異株によっては治療薬が効きづらくなることもあります。そのため当院では、新型コロナウイルスの変異株の種類を確認しています。

また、細菌の中には抗菌薬の効きにくい薬剤耐性菌がいますが、これらの菌の一部には、別の細菌から薬剤耐性の遺伝子をもらい受けることで薬剤耐性菌となり、その後、次々に遺伝子を渡して広がっていく菌がいます。院内での広がりを防ぐため、そのような薬剤耐性菌が検出された場合には、薬剤耐性遺伝子の有無を確認することがあります。

実際には、PCR検査を用いて薬剤耐性遺伝子の検索を行いますが、さまざまな薬剤耐性遺伝子が存在するため、専門の医療機関でないとこれらの検査を行うことができません。当院では、地域連携の取り組みとして、ほかの医療機関から薬剤耐性遺伝子検査を受託して行っています。

更新:2023.10.26