山梨県の産後うつへの医療支援
山梨大学医学部附属病院
産後ウェルビーイングセンター
山梨県中央市下河東

産後うつとは?
産後まもない多くのお母さんが体験するマタニティーブルーズは、その多くが産後1か月以内に自然に治ります。マタニティーブルーズから産後うつへ直に移行するのではなく、産後3か月から1年くらいの間に産後うつは発症しやすく、産後9〜10か月頃に自殺リスクが高まります(図1)。

産後0〜1か月に加えて、産後5か月と9か月に多く、1年過ぎてから相談される方もいます
産後うつは1年以上続くこともあり、自分の辛さとともに、育児能力の低下や虐待などにより赤ちゃんにもリスクがある、深刻な病気です。お母さんの10%以上がなりうる病気で、妊娠前の精神科既往歴や産後のホルモン変動など、さまざまな要因が考えられていますが、はっきりわかっていません。

産後うつの症状
マタマタニティーブルーズでは、出産前後の高揚感の後に、体や心の疲れ、不眠、不安などを体験します。産後うつではそれらの症状のほか、意欲や集中力の低下、「頭が働かない」という思考力低下、興味や喜びの喪失など、一般的なうつ病の症状に加えて、①孤立・孤独感、②「わが子がかわいいと思えない、愛せない」という感情、③夫など家族や他者へのイライラ感や「赤ちゃんを誰にも触らせたくない」という感覚など、産後うつに特徴的な症状が出現します。
②はボンディング障害、③はインターネットスラングでガルガル期と呼ばれ、本来関係性の悪くなかった夫婦の不仲や嫁姑問題などの原因となりますが、いずれも病気の回復とともになくなります。
コロナ禍により、育児をする親の苦悩はさらに増えました。コロナ感染自体への恐怖感ではなく、お母さんが自粛生活を強いられることによって、親や子育て支援施設などの育児支援が受けにくくなり、友人や隣人との交流が減少して、「自分は、ほかの母親と同様にきちんと育児ができているのか?」、「自分の赤ちゃんは人並みに成長しているのか、発達が遅れているのではないか?」などといった不安を抱き、インターネット検索を繰り返しては、見当違いの思い込みや無意味な不安感を増やしてしまいます。
育児を手伝う実母や姑も、時代とともに少し違った育児方法を教えてくるなど、何が正解なのかと悩んでしまうのです。
産後うつの検査・治療
国の施策として産後うつスクリーニング(ふるい分けの検査)に用いられるエジンバラ産後うつ評価票(EPDS)は、イギリスで開発された質問紙です。自己評価式であることから、自らの辛さを主張することが苦手な日本人の気質にそぐわず、産後うつの見落としが多いと指摘されています。
ボンディング障害やガルガル期などは、EPDSでは評価されません。また実施時期を産後2週間および1か月としていることから、マタニティーブルーズは評価できても産後うつは未発症時期であり、自殺が多い産後9〜10か月の時期も考慮していないなど、実施時期は著しく妥当性に欠けます。
実際、多くの国内の大規模調査では産後1か月のEPDSを指標にしており、コロナ禍の産後うつへの影響を明らかにできないなど、昨今の育児をしているお母さんたちが困ったり悩んだりしていることを、より長い目でみていかなくてはなりません。少なくとも、産後1年についてのスクリーニングとリスク管理が必要です。
治療では、お母さんのさまざまな生活・育児事情に寄り添い、精神的不調についての正しい医療情報をご本人とその家族に伝えて精神療法および心理カウンセリングを行い、必要に応じて薬物療法を検討します。
周産期メンタルケアと地域連携
山梨県では、それぞれのお母さんを担当する市町村(助産師・保健師)、産前産後ケアセンターと当センターが、連携してお母さんの支援を行います(図2)。妊娠・出産を担当した産科医は1か月検診、市町村助産師は4か月検診を行いますが、産後うつが起こりやすいほかの時期にも医療相談ができることが大切です。産後1か月のEPDSが高得点の方に加えて、産後から数か月経って発症したお母さんの中長期的支援が必要であり、地域連携が重要です。

地域母子担当課、産前産後ケアセンター、当センターが連携して、継続支援を行います
お母さんとその家族は、精神科医に受診することを躊躇して、治療が遅れることが少なくありません。地域支援を行う保健師や産前産後ケアセンターの助産師・心理士が、お母さんの相談を受けつつ、必要ならば当センターの受診をためらうお母さんの偏見や不安・緊張が解けるよう働きかけをしてくれています。
更新:2024.04.26