常染色体優性多発性嚢胞腎( ADPKD)の新しい治療法

平塚市民病院

腎臓内分泌代謝内科

神奈川県平塚市南原

はじめに

近年の遺伝子に関する研究にはめざましいものがあり、新しい技術や医薬品が開発されてきています。医療の場においても、多くの疾患の病因が遺伝子レベルで解明されてきており、これらの成果は徐々に臨床の場面で用いられるようになってきています。

内科的腎疾患の遺伝性疾患には、多発性嚢胞腎(たはつせいのうほうじん)、ファブリー病、アルポート症候群などがありますが、なかでも、多発性嚢胞腎については研究の進歩により、新しい治療の可能性が拓(ひら)かれてきています。今回はその一部である常染色体優性多発性嚢胞腎(Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease:ADPKD)を紹介します。

ADPKDとは

ADPKDは、最も頻度(ひんど)の高い遺伝性腎疾患で、腎臓に多数の嚢胞(血液や浸出液などの液体成分が溜(た)まった袋状のもの)が発生・増大し、進行的に腎機能が低下していきます。嚢胞は加齢とともに増加していき、40歳頃から腎機能が低下しはじめ、70歳までに約半数の患者さんが末期腎不全に至り、人工透析が必要になる場合もあります。

医療機関を受診している患者さんの数を基に推測した結果から、ADPKDの患者さんは4000人に1人の頻度であり、国内では約3万1000人いると報告されています。

ADPKDの診断基準

ADPKDの診断は、家族歴と画像診断(超音波、CT、MRI)での多数の嚢胞の確認によって行います(写真)。ほとんどが画像診断で容易に診断されるので、一般的にADPKDの診断を目的とした遺伝子検査は行われていません。

写真
写真 大小さまざまな白い袋のように見えるものが嚢胞です。
・超音波断層像で両腎に嚢胞が各々3個以上確認されているもの
・CT、MRIでは両腎に囊胞が各々5個以上確認されているもの

ADPKDの診断基準は、次のように定められています。

家族内発生が確認されている場合は、
•超音波断層像で両腎に嚢胞が各々3個以上確認されているもの
•CT、MRIでは両腎に囊胞が各々5個以上確認されているもの

両親がADPKDでなくても、新たな突然変異により発症する場合があります。

ADPKDの症状

ADPKDでは、肝嚢胞、高血圧、嚢胞感染、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)など、全身に合併症を生じま(図)。MRI診断では約80%の患者さんに肝嚢胞を認め、15~24歳で58%、25~34歳で85%、35~46歳で94%に存在します。高血圧は、本態性高血圧よりも若く、平均30~34歳の間に発症するとされています。腎機能が低下する前から出現することが多いため、健康診断で高血圧を指摘され、発見されることも少なくありません。また、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は致死的合併症となることから、頭部MRアンギオグラフィーによるスクリーニングを行う必要があります。

イラスト
図 ADPKDの合併症

ADPKDの従来の治療法

ADPKDの治療については、根本的な治療法はなく、高血圧、嚢胞感染、脳動脈瘤などの合併症に対する対症療法が中心となっています。

出血に伴う疼痛(とうつう)の場合には鎮痛剤、感染に伴う疼痛では抗生物質の使用が考慮されます。

また、嚢胞の増大による圧迫症状・疼痛・感染による生活の質の改善を目的として、外科的腎摘除術、嚢胞ドレナージ術、嚢胞開窓術などが行われる場合があります。透析導入患者さんでは、腎動脈塞栓術(じんどうみゃくそくせんじゅつ)(カテーテルを用いた治療と手術)が施行されるケースもあります。

食事療法や薬物療法を行っても、腎機能障害が進行して末期の状態に至った場合には、血液透析や腎臓移植を実施することとなります。

ADPKDの新しい治療法

ADPKDはこれまで有効な治療法がなく、およそ半数の方が70歳までに慢性腎不全から人工透析になっています。2014年3月から、ADPKDに対して、経口薬剤であるサムスカ錠(トルバプタン)が処方できるようになりました。この薬剤は利尿剤として開発されたものですが、日本を含む世界規模の治験により、ADPKDの進行を抑制することが証明されています。これにより、自覚症状の改善や透析導入を遅らせることが期待されています。

また、2015年1月から本疾患が難病医療助成制度の対象疾患に認定され、専門医が診断書を作成することで、患者さんの経済的負担の軽減が可能になりました。当院は難病申請可能施設であり、腎機能や合併症の検査を行い、必要と判断される場合にはトルバプタン導入を行っています。

このような方は当院へお越しください

・ADPKDの家族歴
・健康診断や人間ドックで腎・肝嚢胞を指摘された方
・腹部膨満、腰痛、側腹部痛、肉眼的血尿など
・透析・腎移植の家族歴
・くも膜下出血の家族歴
・若年性高血圧

更新:2022.08.08