胸部大動脈瘤に対するハイブリッド手術
山梨大学医学部附属病院
心臓血管外科、 呼吸器外科、 小児外科
山梨県中央市下河東

胸部大動脈瘤(きょうぶだいどうみゃくりゅう)とは?
胸部大動脈は全身の中で最も太い血管で、心臓から上方に伸び、脳や腕への枝を出しながら、Uターンカーブを描いて背中を下方へ走ります(図1)。胸部大動脈瘤は、そのどこかが膨らんで太くなった状態です(図2)。そのままでは無症状のことが多いですが、ひとたび破裂すると胸痛や背部痛などの激烈な症状が突然出現し、出血多量でショックとなり、80〜90%の方が死亡するといわれる恐ろしい病気です。


加齢や喫煙・高血圧・コレステロールなどによる動脈硬化(どうみゃくこうか)により、大動脈の壁がもろくなることが主な原因といわれています。その他、遺伝子の異常で先天的に動脈がもろいことが原因で、大動脈瘤を生じることもあります。
大動脈瘤が見つかったら、どうすればいいの?
胸部大動脈瘤は血管が太くなっているだけなので、基本的に症状は乏しく、血管の機能的にも問題にはなりません(まれに瘤(りゅう)が食道を圧迫して飲み込みづらさが出たり、神経圧迫による声のかすれなどが生じます)。一般的には人間ドックやほかの疾患の検査で撮影されたCTなどで、偶然に発見されることがほとんどです。治療の目的は「破裂による死亡を予防する」の一点に尽きます。症状がなくても、破裂する前に手術を行うことが大切です。
しかし大動脈瘤といっても、小さな瘤から大きな瘤まで、さまざまです。皆さんご想像の通り、大きければ破裂しやすく、小さいものは破裂しにくいため、手術の負担や合併症の可能性を考えて、破裂リスクのあるものを治療の対象とします。瘤が小さい場合には、定期的なCT検査などで経過を慎重に観察し、大きくなってきたら手術を検討します。
これまでの胸部大動脈瘤治療と、その課題
これまで大動脈瘤の手術は、胸を切り開き、病気の血管を切り取って人工血管に置き換える手術が主流でした。上行大動脈(じょうこうだいどうみゃく)〜弓部などの心臓に近い部分であれば、胸の真ん中を切開してアプローチ(正中切開)します。背骨に沿う下行大動脈(かこうだいどうみゃく)は、肺の手術のように、左の側胸部(そくきょうぶ)(肋骨(ろっこつ)の間)を大きく切開して到達する必要がありました(側開胸といいます)。
しかしステントグラフト(※)というカテーテル治療の発展によって、下行大動脈に関しては、胸を切開せずに足の付け根を3〜4cm切開してカテーテル(医療用の細い管)を挿入し、大動脈の内側から人工血管を入れて治療ができるようになりました。先の上行〜弓部大動脈瘤は、現在でも開胸手術が最も安全な方法であり、現在も盛んに行われています。
問題は、弓部〜下行大動脈に渡って存在する大きな大動脈瘤です。どのように治療すればいいのでしょうか?正中切開では下行大動脈に届かず、側開胸では上行大動脈を縫うのが非常に困難となります(なんとか行う場合もありますが)。昔であれば、胸の真ん中と左の側胸部の両方を切開して、双方からアプローチするという方法が取られていました。ご想像の通り、非常に体への負担が強くなり、術後に呼吸不全や肺炎などの合併症を生じるリスクが高い手術でした。
(※)ステントグラフト:血管を内側から広げるための、金属でできた網状の筒の部分に人工血管を取り付けたもの
広範囲な大動脈瘤に対応できるハイブリッド手術
前述の問題点を克服するため、「正中切開による弓部大動脈置換」と「下行大動脈に対するステントグラフト治療」を組み合わせた治療が考案されました。正中切開から弓部大動脈を人工血管に置き換える際、直接大動脈の中にステントグラフトを下行大動脈に向けて挿入するのです。その後、手前の弓部大動脈を従来の方法で人工血管に置換し、治療が完了となります。
この方法は、カテーテルではなく、開いた血管に直接手でステントグラフトを挿入することから、「オープンステント法」という名前が付きました。これにより、左の側開胸を行わずに、1つの傷だけで大きな大動脈瘤の治療が可能となりました(写真1、2)。

左側から見た図です。右上に巨大な大動脈瘤を認めます。下行大動脈には解離も併発しており、複雑な病態でした。左下の濃い色の臓器は心臓です

写真1の患者さんです。ステントグラフトにより、大動脈瘤内への血液は消失しました。さらに、その心臓側の血管も人工血管に置き換えられています。
また術後数年経過して、残る下行大動脈も太くなってしまう患者さんが少なからずいます。その際には、最初に挿入したオープンステントに従来のステントグラフトを継ぎ足す(鼠径部(そけいぶ)の小切開で済みます)ことで、体への負担を最小限に、追加治療をすることも可能です。
このように、外科的手術とカテーテル治療を組み合わせた、いわゆる「ハイブリッド手術」により、これまで困難だった複雑な大動脈瘤に対する治療の選択肢が広がりました。
更新:2024.04.26