子どもの心の傷「トラウマ」に向き合う
山梨大学医学部附属病院
小児科
山梨県中央市下河東

トラウマとは?
トラウマとは、個人の力ではどうにもならない体験による心の傷のことです。トラウマは子どもの感情、考え方、行動に大きな影響をもたらします。トラウマの原因には、戦争や災害、子どもの虐待、暴力や犯罪、事故、性被害、重い病気、家族や友人の死、いじめなどがあります。日本の子どもの80%が何らかのトラウマを体験し、災害を除いても50%以上がトラウマを経験します。トラウマは誰にでも起きる出来事ですが、うまく対処できないと生きづらさの原因になります。

トラウマによる心の傷が回復せず、症状が一定の基準に当てはまる場合に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれます(図1)。

トラウマの反応「3つのF」
トラウマ反応は、ライオンに襲われた草食動物にたとえるとわかりやすいです。ライオンに襲われたら、逃げる(Flight)か、それができなければ闘う(Fight)しかありません。どちらもできないときは、死んだふり(凍りつき、Freeze)をして敵が去るのを待ちます。トラウマ反応は、これらの頭文字(Flight、Fight、Freeze)をとって、「3つのF」と呼ばれます(図2)。

この反応は、生命を守るために自動的に働く自律神経によって起きます。自律神経は、交感神経と迷走神経からなり、迷走神経には新しいものと古いものの2種類があります。闘う、逃げるは交感神経、死んだふりは古い迷走神経の働きによって起こります。
トラウマを抱えた子どもたちも同じように、逃走(回避、引きこもる)、闘争(攻撃的になる、問題行動を起こす)、凍りつき(無感情、自分が自分でない)といった症状を起こします。自律神経の働きは、自分の意思でコントロールすることはできません。自動的に起きてしまうのです(図3)。

あなたは勇敢なサバイバー
トラウマを抱えた子どもは、自分では制御できない「3つのF」反応が起きることによって、心と体のさまざまな症状を無意識に起こしてしまい、それが生きづらさの原因になっています。しかしトラウマを体験した子どもたちは、命を守る自律神経が正常に機能した結果、生きのびることができたのです。
実は私たち哺乳類は、新しいもう1つの迷走神経を持っています。ポージェス博士が唱えるポリヴェーガル理論では、新しい迷走神経は社会交流システムをつかさどり、お互いに安全であるという合図を出しあい、不要な「3つのF」反応を防ぐことで絆を作っているとされています(図3)。したがって、もう「3つのF」を起こさなくてすむように、安全で安心な社会交流システムを育むことが治療につながります。
私たちの目の前にいるのは問題児ではなく、勇敢なサバイバーです。ポージェス博士が、「あなたの身体がそのように反応したことを祝福してください(1)」と言うのは、こういう理由からです。
トラウマを克服するための治療
トラウマを克服し、社会交流システムである新しい迷走神経を発達させるためにまず必要なのは、安全で安心な環境です。そのうえで、心理学的な治療を行います。子どものPTSDに効果があることがわかっている心理療法には、以下の2つなどがあります。
トラウマ・フォーカスト認知行動療法(TF-CBT)
TF-CBTは、3〜17歳の子どもの心理療法として第一選択とされています。当初は性虐待を受けた子ども向けに開発されましたが、今ではほかの原因によるPTSDにも効果が証明されています。子どもとセラピストが楽しみながら、12〜25セッションかけて行います。
P(心理教育とペアレンティングスキル)、R(リラクセーション)、A(感情調整)、C(認知対処と処理)、T(トラウマナラティブと認知処理)、I(実生活における想起刺激の克服)、C(親子合同セッション)、E(将来の安全性と発達の強化)の頭文字をとって、PRACTICEの順に階段を登るように進んでいきます。
親子相互交流療法(PCIT)
PCITは、養育者が子どもとおもちゃで遊びながら行う遊戯療法と、ペアレント・トレーニングを融合した養育者と子どもを同時に治療する方法で、2〜7才の子どもと養育者が対象となります。特徴的なのは、セッション中に養育者にイヤホンをしてもらい、子どもと遊んでいるときにカメラ越しに、リアルタイムにセラピストがライブ・コーチングを行う点です。
PCITは子育てに悩む養育者も、しつけなどについて同時に学んでいく点で画期的です。通常は、12〜20セッション行われます。
子どものリードで遊びながら、親子の良い関係を強化する「子ども指向相互交流(CDI)」と、親のリードで遊びながら、親子でしつけを学ぶ「親指向相互交流(PDI)」から成ります。また、これら以外にも体からアプローチする方法もあります。

[出典] (1)ステファン・W・ポージェス著、花丘ちぐさ訳『ポリヴェーガル理論入門』、春秋社、2018年
更新:2024.04.26