豊富な臨床経験に基づく、肝細胞がんの治療

大垣市民病院

消化器内科

岐阜県大垣市南頬町

当院における肝細胞がん治療

肝細胞がんは今なお、わが国における主な悪性腫瘍の1つです。私たちは30年以上前からこの診療に取り組んでおり、常に最先端の治療を提供できるよう、日夜努力しています。当院での肝細胞がん治療の変遷と実際についてご紹介します。

肝疾患全体を見渡す必要のある肝細胞がん診療

肝細胞がんは、ある意味特殊ながんです。肝細胞がんの患者さんのほとんどは、ウイルス性肝炎や脂肪肝・アルコール性肝障害など、慢性肝疾患を煩(わずら)った長期経過の末に発生します。したがって、肝細胞がんが発生するリスクが高い患者さんの把握がある程度可能であり、それに基づいて、私たちは肝細胞がん早期発見・治療のための努力を続けています。

一方で、慢性肝疾患の治療は肝細胞がんの発生抑制・予防につながります。たとえば、ウイルス性肝炎においては、B型肝炎では核酸アナログの内服、C型肝炎では以前はインターフェロン、現在では経口抗ウイルス薬(DAA薬)によるウイルスのコントロールが、慢性肝疾患の進行を抑えます。また、脂肪肝では糖尿病の改善、過栄養状態の改善により肝疾患の進行が抑えられます。これらはいずれも、肝細胞がんの発生抑制につながっているのです。つまり肝細胞がんの治療は、その発生・診断以前から始まっているといえます。これら慢性肝疾患の治療には、肝臓病学だけではなく、ウイルス性肝炎にはウイルス学、脂肪肝には栄養学など、さまざまな学問を動員して治療に当たることが必要となります。

肝細胞がんの治療成績の変遷

「図1」は、私たちが主導して行った、2015年における肝細胞がんの国別の診断後生存率(a)(日本は当院)と、当院における年代別の患者さんの生存率(b)を示しています。当院においては、年代ごとに患者さんの生存率が改善していることが示されています。諸外国の生存率と比較すると、医療の先進国であるはずの欧米においても、肝細胞がん診療は日本より10年以上遅れていることが分かります。これは1つには、欧米ではサーベイランス、つまり肝細胞がんの早期発見のための検査体制が、日本ほど確立されていないことも理由としてあげられますが、その差の原因はそればかりではありません。

グラフ
図1 (a)世界各国における肝細胞がんの診断後生存率(2005年)と、(b)当院における年代別の肝細胞がんの診断後生存率。
縦軸:生存率、横軸:初発肝細胞がん診断後月数
欧米においても、生存率からみると肝細胞がん診療は日本より10年以上遅れていることが分かります

多彩な肝細胞がんの治療選択〜患者さんの予後延長・QOL向上のために

欧米では、肝細胞がんは今なお5年生存率が2割程度の「予後の悪いがん」です。一方、日本においては、

現在では肝細胞がんの初回診断後20年以上も元気に生存されている患者さんが多くいます。これは前述のように、わが国の肝細胞がんの早期発見への努力、より良い治療への努力を持続してきた賜物といえます。

「図2」は、当院と米国の有名なA大学病院で、早期発見のためのサーベイランスに定期通院していて発見・診断された肝細胞がん患者の、初回診断時からの生存率の比較です。全症例の生存率(a)においても、治療として肝切除を行った症例の生存率(b)においても、当院の症例の優位は圧倒的です。これは、早期発見・診断能力の高さから始まり、初回治療の根治性の高さ、再発に対する診断・治療など、全体のレベルの高さを反映しています。

グラフ
図2 当院と米国A大学におけるサーベイランス(早期発見のための定期検査)下で発見・診断された肝細胞がんの(a)全症例における診断後生存率と、(b)初回肝切除術施行例の診断後生存率。縦軸:生存率、横軸:初発肝細胞がん診断後年数
当院における生存率の高さは明白です

肝細胞がんの治療には、外科切除をはじめとして腹部エコーを用いたラジオ波焼灼療法、血管造影による肝動脈塞栓術、放射線照射、分子標的治療などさまざまなものがあり、病態に応じた適切な選択が重要です。また昨今では、腹腔鏡を用いた肝切除術や、橈骨(とうこつ)動脈からアプローチする肝動脈塞栓(そくせん)術など、治療にともなう患者さんの負担軽減への努力もなされています。

このように肝細胞がんは、1つの科の医師だけで治療が完結したり、生命予後が改善したりするわけではありません。内科医・外科医・放射線科医が結集し、そこに患者さんの協力も加わることによって、はじめて予後の改善が達成されるのです。さらに、治療の向上に向けた日々の努力と丁寧なデータの解析、それを知見として発表する姿勢が結びついて、現在私たちが誇れるような、肝細胞がん症例の治療成績が達成されているといえるでしょう。

当院の肝細胞がん診療と臨床研究

一般病院で、関連した大学との共同研究を行い、論文を発表することはよくあります。病院にいた医師が大学に帰って研究し、共同研究として発表するものです。これに対して当院の場合、当院のスタッフが当院でのデータのみを用いて、欧米の一流誌に多くの論文を掲載しています。

「表」は、2000年以降に掲載された、当院のスタッフが筆頭著者の英語論文です。肝臓病学や外科学のトップジャーナルをはじめとした一流ジャーナルに多くの論文が掲載されています。これらは、多くの大学病院の業績をはるかにしのぐものです。また米国スタンフォード大学やテキサス大学、英国リバプール大学などとの国際共同研究も継続し、グローバルな視点からの研究も行っています。

表
表 当院スタッフが筆頭著者(first author)として掲載した、肝細胞がんに関する英語論文(2000〜2019年)

大学病院ではない一般の市中病院は、症例数が多く診療の経験を積んだりスキルを磨いたりすることでは優っているものの、研究面では大学病院にはかなわないと考えられていることが多いといえます。そもそも、一般病院は診療のみをこなし、研究活動はしていないと思われている場合もあります。

しかしわれわれの業績は、とりわけ臨床研究に限っては、市中病院においても、大学病院に決して負けない研究が可能であることを示しています。当院でマウスに注射をしたり、試験管を振ったりする実験は不可能かもしれません。しかし、しっかりと患者さんを診療して、丁寧にデータを蓄積・解析していけば、医療で最も重要な臨床研究の分野において、立派な研究ができることが分かります。そしてその素地をつくることが、当院では可能なのです。

レベルの高い診療を維持するためには、このような研究活動は不可欠であり、患者さんを診療したデータを解析・研究して発表し、その結果を再び患者さんの診療に還元していくことは、臨床医の大切な姿勢であるといえます。私たちの活動に参加してくれる、新しい力を期待しています。

更新:2022.03.08