陽子線治療による最新医療——患者さんの体の負担を減らす——

札幌孝仁会記念病院

SAFRA 札幌高機能放射線治療センター

北海道札幌市西区宮の沢

当院の陽子線治療

放射線治療においてX線を使用するのが一般的ですが、近年陽子線治療が発展しています。陽子線治療を行うためには、大型加速器など専用の設備や機器が必要です。当院の札幌高機能放射線治療センター(通称 SAFRA(サフラ):SAPPORO High Functioning Radiotherapy Center)では世界で広く使われているベルギーIBA社製の最新型陽子線治療装置を国内で最も早く2017年に導入しています。陽子線治療のメリットを生かし、患者さんの体の負担が少ない治療を提供し続けています。

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写真1 当院の最新型スキャニング照射専用陽子線治療装置

陽子線治療とは

がん治療の3本柱は手術・放射線治療・薬物療法です。この中でがんを治しきること(=根治(こんち))ができるのは手術と放射線治療です。放射線治療は、がんを切らずに治す治療方法として重要な役割を果たしています。放射線治療では、X線、電子線、陽子線などが用いられており、現在、X線による治療が最も多く行われています。

X線は物質を透過する(突き抜けて進んでいく)ため、標的となるがん以外の周囲の正常臓器にもX線が照射されてしまい、これが副作用を引き起こします。近年、副作用を減らすためのさまざまな工夫が行われていますが、正常臓器にまったく放射線を当てないことが根本的な解決方法です。

陽子線はある一定の深さでピタッと止まるというX線にはない性質をもっています(図1)。正常臓器への線量を抑えるために理想的であり、患者さんの体の負担を軽減した治療が可能です。

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図1 X線と陽子線の違い

当院の陽子線治療装置の特徴

陽子線治療を行うためには、水素の原子核である陽子を、光の速さの7割程度まで加速する必要があります。このためには大型の加速器が必要であり、古くは限られた研究施設にしか設置されていませんでした。

近年の技術の進歩により、この加速器が小型化してコンパクトになり、一般病院にも設置が可能となりました。陽子線治療の導入が全国的に進み、陽子線治療が日常臨床で行われるようになりつつあります。

当院のベルギーIBA社製の陽子線治療装置は、最新の陽子線照射法であるスキャニング照射専用機です。スキャニング照射とは、小さな陽子のビームを、電磁石の力で1mm以下の精度で自由に操り、がんの形に合わせて精密に照射する最新の陽子線照射方法です。これにより、さまざまな体の部位にある、複雑な形をしたがんに対して、正確に陽子線を照射することが可能となっています。

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写真2 患者さんが寝る台と治療情報表示画面

陽子線治療の実施体制

個々の患者さんに最も適した陽子線治療を毎日正確に照射するためには、高度な技術を持った人材が必要不可欠です。私たちは放射線治療専門医、医学物理士、放射線治療専門技師、放射線治療専属看護師のチーム医療により、高度で安全な陽子線治療の提供に努めています。

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写真3 実際に陽子線が照射されるノズル

前立腺がんに対する陽子線治療

前立腺(ぜんりつせん)がんは、陽子線治療が最も行われているがんの1つです。近年、低侵襲(ていしんしゅう)な(体に負担の少ない)手術も行われていますが、陽子線治療は手術と同じ治療効果が期待できます。

前立腺のすぐ後ろ側には直腸があり、通常の放射線治療では高い線量が投与されてしまいます。これにより直腸から出血する副作用が生じえます。当院では、あらかじめ前立腺と直腸の間にスペーサー(スペースを確保するために入れるジェル状の物質)を挿入しています。これにより、前立腺と直腸の間に距離ができて直腸の線量を大幅に下げることができ、直腸の出血が起こりにくくなります。

「図2」は前立腺がんの陽子線治療の例です。前立腺がん(ピンク矢印)と直腸(黄色矢印)の間にスペーサー(水色矢印)が挿入されており、前立腺がんと直腸の間にスペースができています。前立腺がんに高線量を投与しつつ、直腸の線量が限りなく低くなっています。

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図2 前立腺がん陽子線治療の線量分布図

頭頸部がんに対する陽子線治療

主に首や顔の周囲に発生するがんを頭頸部(とうけいぶ)がんと呼びます。例えば喉(のど)のがん(中咽頭がんなど)は、手術だと飲み込みや発声が難しくなる可能性があるため、機能を温存してがんの根治治療が可能な放射線治療の役割は大きいです。

頭頸部にはさまざまな重要な正常臓器が存在しています。これらを極力避けて複雑ながんの部分を照射する必要があり、全身のがんの中でも最も放射線治療が難しい部位です。このような複雑な放射線治療を行うにあたり、当院の最新のスポットスキャニング陽子線照射装置は威力を発揮します。例えば、口への照射を避けることで味覚の障害を低減し、唾液を作る唾液腺への照射を避けることで、口の渇きの障害を低減することが可能です。

「図3」は頭頸部がんの陽子線治療の例です。頭頸部がんとリンパ節転移の部分(ピンク矢印)の形は複雑ですが、これの形に合わせて高線量が投与されています。一方で、周囲にある正常な口(水色矢印)や唾液腺(黄色矢印)の線量が限りなく低くなっています。

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図3 頭頸部がん陽子線治療の線量分布図

陽子線治療の対象疾患

陽子線治療は2023年4月の時点で、小児の悪性腫瘍(あくせいしゅよう)、骨軟部腫瘍(こつなんぶしゅよう)、頭頸部悪性腫瘍、肝細胞(かんさいぼう)がん、肝内胆管(かんないたんかん)がん、膵(すい)がん、大腸がん、前立腺がんが保険適用となりますが、それぞれに対して細かい条件があります。

脳脊髄腫瘍(のうせきずいしゅよう)、一部の頭頸部がん、肺がん、縦隔腫瘍(じゅうかくしゅよう)、食道がん、一部の肝細胞がん、胆道がん、膀胱(ぼうこう)がん、腎(じん)がん、肺転移、肝転移、リンパ節転移について、先進医療として実施可能な場合がありますが、これもそれぞれに細かい条件があります。

保険診療や先進医療の適応外で、陽子線治療の実施に医学的意義がある症例については、いずれも当院のキャンサーボード(陽子線治療適応判定会議)の検証・承認が必要で、自由診療による陽子線治療を行う場合があります。まずは主治医にご相談いただき、外来受診、もしくはセカンドオピニオンを検討してください。

更新:2024.07.29