無痛分娩

大阪母子医療センター

麻酔科 産科

大阪府和泉市室堂町

分娩時の痛みは、分娩の進行とともに、その部位や程度が変化します(表)。当センターでは、分娩時の痛みを硬膜外麻酔によって軽減する方法を行っています。

表
表 分娩の進行と痛み

硬膜外無痛分娩の適応と開始時期

妊娠高血圧症候群、心疾患合併妊娠、中枢神経や脳血管疾患合併妊娠などのハイリスク妊娠は、無痛分娩の医学的適応となります。近年は、分娩時の痛みを緩和したい理由から無痛分娩を選択される方も増加しています。一方、硬膜外無痛分娩が禁忌となるのは、出血傾向がある、穿刺(せんし)部位あるいは全身の感染症を認める、末梢(まっしょう)血管抵抗の低下が望ましくない心臓血管合併妊婦や、高度脱水やショック状態の方、脊髄(せきずい)や脊椎(せきつい)疾患を有する方が挙げられます。

早期に無痛分娩を開始しても、器械分娩(吸引分娩や鉗子(かんし)分娩)率や児頭の回旋異常、帝王切開率、アプガースコア(出産した赤ちゃんの状態を点数で評価すること)に影響を及ぼさないとされています。一方で、硬膜外無痛分娩中は母体体温が上昇しやすいと指摘されています。分娩経過中の母体高熱が新生児の予後に悪影響を与える可能性が示唆されており、母体の高体温が長時間に及ぶことは好ましくありません。早期の硬膜外無痛分娩の開始は分娩の進行を緩慢にする可能性もあり、無痛分娩の開始は早すぎず、遅すぎず、が良いといえるでしょう。

当センターでは、妊婦が鎮痛処置の開始を希望した時期に麻酔を導入する(始める)ことを基本としています。

硬膜外無痛分娩の実際(図)

硬膜外無痛分娩を開始すると決定した時点で、母体の血圧と経皮(けいひ)的動脈血酸素飽和度をモニターし、胎児心拍数モニタリングを行います。ベッド上に座った状態で第3・4腰椎(ようつい)の椎間(ついかん)より穿刺し、カテーテル(管(くだ))を硬膜外腔に挿入します。カテーテルが血管内や、くも膜下誤注入でないことを確認して処置は終了です。

無痛分娩では、局所麻酔により感覚神経を優先的に遮断し、運動神経遮断が回避されて、いきむことができる状況が望ましいです。

硬膜外腔への局所麻酔薬投与後は血圧の低下をきたすことがありますから、最初の薬剤投与後少なくとも30分間は5分間隔で血圧を測定します。また、無痛分娩開始時には過強陣痛による一過性の胎児徐脈の出現にも注意を払います。

麻酔開始後は絶食となりますが、清澄水(せいちょうすい)(水、お茶、果肉を含まないジュースなど)の摂取は可能です。また硬膜外麻酔の影響により、下肢(かし)の感覚麻痺(まひ)や運動神経麻痺を伴う場合もありますので、ベッドの上で安静にする必要があります。

イラスト
図 硬膜外麻酔:硬膜外麻酔では硬膜外腔にカテーテルを挿入します
『臨床のための解剖学』佐藤達夫・坂井健雄監訳 第1版 p513をもとに作図

硬膜外無痛分娩のお産(赤ちゃん)への影響

お産に与える影響として、陣痛が弱くなりやすく、分娩時間が延長します。分娩には分娩第1期と分娩第2期(怒責(どせき)〈いきむこと〉時間)があります(表)。

無痛分娩による分娩第1期は、通常の所要時間に比べると時間が長くなることや、短くなることがありますが、全体として、少し長くなる傾向にあります。分娩第2期は、時間が15分〜1時間ほど長くなることが知られています。結果、オキシトシンによる分娩促進薬の使用頻度(ひんど)や器械分娩の頻度が増えることが示されています。しかし、無痛分娩により帝王切開率が増えることはありません。

硬膜外無痛分娩で投与される麻酔薬が赤ちゃんに影響を及ぼす可能性は極めて少なく、新生児予後にも違いがないことが示されています。

硬膜外無痛分娩に伴う合併症

1.血圧低下

局所麻酔薬を投与し硬膜外無痛分娩を開始すると、交感神経が抑制され血管拡張を伴い血圧が低下することがあります。対策として、①輸液を行う、②昇圧薬を投与する、③妊娠子宮によって大血管が圧迫される可能性があるので仰臥位(ぎょうがい)(仰(あお)むけに寝ること)を避け、側臥位または半側臥位とする、などが挙げられます。血圧の低下を認めた場合には悪心(吐き気)・嘔吐(おうと)を伴うことがあります。

2.神経障害

穿刺部位からの出血は、通常は自然に止血され問題になることはありません。しかし、出血傾向を認める妊婦の場合(処置前に必ず出血傾向がないか検査しています)、出血が止まりにくく血腫(けっしゅ)(血の塊(かたまり))となり神経を圧迫し、下肢麻痺などの症状が現れる可能性が非常に稀(まれ)にあります。このような場合には、早急に神経除圧術が必要となることがあります。

また、無痛分娩中は下半身の感覚が低下しますから、妊婦自身が自ら体位を変えたり、足を移動させたりすることが難しくなることがあります。長時間の無理な分娩体位や局所的な外部からの圧迫によって一時的な神経麻痺が生じる可能性もあり、医療従事者によって頻回に足の位置を変えるなどの配慮をしています。

3.硬膜外カテーテルの脊髄くも膜下腔や血管内への迷入

硬膜外カテーテルが脊髄くも膜下腔に迷入することが稀にあります。この場合、局所麻酔薬を投与すると高位脊髄まで神経遮断が起こり、呼吸困難や循環抑制をきたし、呼吸や循環をサポートする全身管理が必要となることがあります。

また、カテーテルが血管内に迷入することもあります。この場合は局所麻酔薬中毒が起こり得ます。耳鳴り、口唇(こうしん)周囲のしびれ、金属味、不穏、痙攣(けいれん)や不整脈などの症状出現に注意します。穿刺時および経過中に硬膜に穴があいた場合は、硬膜穿刺後頭痛が起こる場合があります。内科的治療でまず対応しますが、改善しない場合には自分の血液を硬膜外腔に注入し、硬膜の穴を塞(ふさ)ぐ処置(硬膜外自己血パッチ)を行うこともあります。

安全で快適な分娩をしていただくためには、無痛分娩施行中の細かな母児監視と、母体および胎児急変時に迅速かつ適切に対応できる体制が必須といえます。

更新:2024.01.26