耳鼻咽喉科 鎖骨下の3㎝の皮膚切開で行う内視鏡下甲状腺手術

中部ろうさい病院

耳鼻咽喉科

愛知県名古屋市港区港明

内視鏡下甲状腺手術の歴史

外科や婦人科および泌尿器科では、内視鏡(腹腔鏡(ふくくうきょう))を用いた手術が以前より広く行われています。耳鼻咽喉科でも、副鼻腔(ふくびくう)については内視鏡手術が一般的となっていますが、頚部(けいぶ)の手術は首という見える部位に皮膚切開の跡が残る問題点があるにもかかわらず、まだ一般的に行われているとはいえない状況です。特に首の手術で甲状腺の手術は女性に多く、手術の傷を目立たない場所にする方法を開発する必要性は以前から求められていました。

内視鏡を用いた甲状腺手術は、1990年後半から始まったようです。当初は、腹腔鏡手術と同様に頚部を炭酸ガスで膨らませて手術をしていたようですが、さまざまなトラブルが起きました。その後、日本医科大学の清水一雄先生が頚部の皮膚をテントのように持ち上げて行う内視鏡下甲状腺手術を開発したことで、大きく発展しました。2016年に良性腫瘍(しゅよう)とバセドウ病に対する内視鏡下甲状腺手術が国内で保険適用となり、2018年から悪性腫瘍に対する内視鏡手術も保険適用になりました。

当院では、2018年11月に内視鏡下甲状腺手術を開始し、2020年11月までに良性腫瘍9例、悪性腫瘍3例の手術を行ってきました。当科の医師全員がこの手術ができることを目標に、今後も内視鏡下甲状腺手術を普及させていきたいと思っています。

内視鏡下甲状腺手術の流れ

手術は全身麻酔で行います。皮膚切開の位置は、腫瘍がある側の鎖骨下(さこつか)に約3cm鎖骨に沿って切開し(写真1)、切開した周りの皮膚を下方にある筋肉層からはがしていきます。甲状腺が摘出できるくらい皮膚をはがした後、はがした皮膚をテント状に吊り上げます。

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写真1 皮膚切開の位置

次に首の真ん中に数ミリの穴を開け、そこに内視鏡を通し固定します。「写真2」に示すように内視鏡で映し出される画面を見ながら、前頚筋(ぜんけいきん)という筋肉を真ん中で分けると甲状腺が見えてきます。腫瘍がある側の前頚筋を甲状腺からはがし、筋鈎(きんこう)という道具でその筋肉を外側に引っ張ると摘出する甲状腺全体が確認できるようになります(針穴程度の筋鈎を通す穴が首の外側にできます。術後は針穴程度なのでほとんど目立ちません)。

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写真2 手術中の風景

そして、内視鏡を見ながら甲状腺の腫瘍や片側の甲状腺を摘出します。神経刺激装置で反回神経(声帯を動かす神経)をモニタリングし、神経を損傷しないよう手術を行うことが重要です。甲状腺を摘出した部分に血液や浸出液が貯留しないよう誘導管(ドレーン)を約5日間留置しておき、術後7日目に抜糸した後に退院となります。

「写真3」は術後2週間後の創(きず)の状態です。カメラを通した穴はほとんど目立たず、鎖骨の下の皮膚切開の跡も服に隠れる位置になっています。さらに手術をしてから時間が経過すると傷跡が落ち着いてきます(写真4、5)。

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写真3 術後の創
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写真4 術後2か月
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写真5 術後10か月

内視鏡下甲状腺手術の適応基準

当院の内視鏡下甲状腺手術の適応についてお話しします。

良性腫瘍で手術を必要とするのは、腫瘍が大きいため美容上摘出を希望した場合に行うことが多いのですが、あまりに大きい腫瘍は内視鏡下で摘出するのが困難な場合があります。当院では、長径が5cm以下の腫瘍を内視鏡手術の適応としています。バセドウ病は術中出血しやすい場合があり、出血への対応がまだ技術的に困難であることから、内視鏡だけでの摘出は行っていません。濾胞性腫瘍(ろほうせいしゅよう)で良悪性の判断のための手術が必要な場合は、内視鏡下甲状腺手術のよい適応と考えています。

悪性腫瘍については、乳頭がんが甲状腺がんで一番多い種類ですが、リンパ節転移をきたしやすいとされています。特に、気管のそばのリンパ節に転移を認めることが多いのですが、反回神経の周囲の処理に技術が必要なため、術前に明らかなリンパ節転移があるものは適応としていません。また、反回神経の周囲に腫瘍を認め、気管に癒着していると考えられる場合も、内視鏡手術は困難と考えています。

当院では、早期の甲状腺分化がんでリンパ節転移がなく、大きさも小さく気管から離れた位置にあるものを適応としています。甲状腺腫瘍の患者さんで、首に皮膚切開の跡ができることで手術をためらっている方は、一度医療機関で相談することをお勧めします。

耳鼻咽喉科の特徴

当院では、耳鼻咽喉科にて甲状腺手術を行っています。今回紹介しました内視鏡カメラを用いた甲状腺腫瘍の手術は、2016年保険適用となり2018年より実施しています。5cm以下の良性腫瘍や転移のない甲状腺がんなど、症例を選別して手術を行っています。手術の創を目立たない場所にできればと思っている方は、専門医に相談してください。

更新:2024.01.25