手術を安全に行うために欠かせないー麻酔科医の役割

麻酔科医とは

手術を担当する医師は、がんなどの病気を治すためにはどのような手術がよいのかということを一番に考えて手術を行っています。私たち麻酔科医は、外科の医師とは少し違った観点から手術中の患者さんの治療にかかわっています。ここでは全身麻酔で手術を受ける患者さんが、安全に手術を終えることができるように、麻酔科医がどのようなことをしているのかをお話しします。

テレビでは、麻酔科医は手術当日に手術室にいて、患者さんをさっと眠らせる――そんなイメージで描かれていることが多いようです。しかし実際には、手術の前から麻酔の計画は始まっています。患者さんのさまざまな検査データや持病、薬や食べ物のアレルギー、飲んでいる薬はなにか、どのような手術になるのかなどの情報を手術前に収集して麻酔計画を立てています。さらに患者さん本人を診察して体調の確認も行っています。カルテ上で集められる情報のほかにも、実際にお話しして分かることもたくさんあるからです。

同じ内容の手術を行う場合でも、若くてもともと持病がない患者さんの手術なのか、高齢で心臓や肺に持病がある患者さんの手術なのかで、麻酔中に注意しなければならないことは大きく違ってきます。同様に、短時間で終わる手術なのか、長時間かかるのか、手術中の出血量が多いことが予想される手術なのか、これによっても麻酔計画は変わっていきます。このように、麻酔はただ患者さんを眠った状態にするものではなく、それぞれの患者さんの状態や手術の内容から、細かく計画を立てて行っています。

手術を安全に行うために

安全に手術を行うためにはどんなことが必要でしょうか。例えば、お腹（なか）の手術を受ける患者さんが、手術中に痛みがある状態で手術が終わるまで横たわっていなければいけないとしたらどうでしょう。また、手術中に患者さんが体を自由に動かしていたら、外科の医師は手術を終わらせることができるでしょうか。

全身麻酔中は麻酔薬を使用して、意識がない状態、痛みのない状態、体が勝手に動かない状態をつくりだします。特に呼吸は、細いチューブを気管にいれて人工呼吸器で維持します。麻酔中は自分の呼吸は止まっていて、機械で酸素や空気を肺におくりこむことが必要で、患者さんは普段生活しているときとは全く違う状態です。もしも手術中の患者さんに胸が苦しくなるような病気が急に起こっても、全身麻酔中は何も感じず、話すこともできません。このため、麻酔中は多くのモニターを使用して患者さんの状態に異常がないかをチェックしています。心電図、血圧、心拍数、体温、酸素化が保たれているかなど、多岐にわたる項目をモニターし、監視しています。そして異常があったときは、原因を見つけて対処します。小さな異常がのちに命にかかわるような異常の前触れであることもありますので、気を抜くことはできません。

手術中は麻酔の深さを適切に保ちながら、薬剤を使用して血圧や心拍数を安定させます。出血して貧血が進めば血液検査をして輸血をします。人工呼吸をしていますので、十分に酸素が取り込めるよう人工呼吸器の調節をします。麻酔中の患者さんを良い状態に保つことが手術を安全に行うために重要なことです。

痛みのコントロールについて

手術が終わったら全身麻酔薬を切ります。患者さんは少しずつ意識がはっきりして、呼吸も自分でできるようになってきます。人工呼吸の管を抜いて、状態が落ち着いていることを確認したら患者さんは病室へ戻ります。麻酔科医は手術後の痛みのコントロールにもかかわっています。目が覚めたときに傷が痛まないようにするための麻酔として、硬膜外麻酔や神経ブロックという方法があり、全身麻酔と組み合わせて行っています。

全身麻酔は基本的には手術中の麻酔であり、硬膜外麻酔や神経ブロックは術後の痛み止めの麻酔です。術後の傷の痛みは手術によって違いますので、患者さんができるだけ痛みが少ない状態で過ごせるような方法を選択しています。

日常から心がけていただきたいこと

手術が無事に終わっても、術後に肺炎や感染症などの合併症が起こってしまうと、入院期間も長くなり回復が遅れてしまいます。そうならないためにも、手術を受ける患者さんは、日頃から体調管理に気をつけてください。糖尿病や高血圧など生活習慣病の持病がある患者さんは、定期的な通院を継続してしっかりコントロールしてください。

また、意外に思われるかもしれませんが、虫歯や歯周病など口の中の治療をきちんと行い、きれいな状態にしておくと手術後の合併症を減らすとされています。タバコは術後、肺炎など呼吸のトラブルの原因となります。タバコを吸う患者さんにとっては、禁煙が手術準備の第一歩ですので、ぜひ禁煙をしてください。

更新：2022.03.08