いわき市の自殺が減った!

いわき市医療センター

精神科

福島県いわき市内郷御厩町久世原

はじめに

救命救急センターに搬送される患者さんの中には、こころをひどく病んでいる方がおられます。顕著な例は、自殺を試みたけれども、九死に一生を得て搬送される方です。

一気に大量の薬を飲んでしまう(過量服薬)、自傷(手首、腹部、頸部(けいぶ)などを傷つける)、異物誤飲(農薬、除草剤、キッチンハイターなどを飲む)、高いところから飛び降りる、練炭や車の一酸化酸素を吸う、頸(くび)を吊る、放火、海や湖に入水する――などさまざまです。当院の救命救急センターに搬送されてくる患者さんは、他の医療機関では対応できないほどの重症例がほとんどです。

福島県いわき市の自殺率は、2009年のピーク時には、10万人当たり33.3人と多く(全国平均24.4人、厚生労働省「人口動態統計」)、翌2010年の精神科開設時、いわき市の自殺率を減らすことが大きな課題となりました。2010年は、当医療センターの前身である、いわき市立総合磐城共立病院の創立60年にあたる年であり、いわき市立常磐病院の民間移譲に伴い、すでに心療内科のある磐城共立病院に常磐病院の神経科が移動する形で精神科が開設されました。同年4月からの稼働予定でしたが、8月から精神科医師1人でスタートし、今に至っています。

リエゾン――多科・多職種の連携による治療

自殺企図の患者さんの治療は、必要に応じて、救急科、外科、整形外科、形成外科、内科など多科の医師に加え、看護師、医療ソーシャルワーカー(MSW)、精神保健福祉士(PSW)、心理士、リハビリテーション担当者(理学療法士、作業療法士、言語療法士など)、薬剤師といった多職種協働によって行われます。

精神科のことを院内では「リエゾン科」と呼んでいますが、「リエゾン」とは「連携」という意味で、身体科の医師と一緒に多職種協働をしながら「こころのケア」をする、という仕事内容を表しています。多職種協働は、医療の分野ではますます重要性を増しています。

救命救急センターを中心とした他科からの患者さんの紹介に際しては、医師、看護師、MSWまたはPSWとカンファレンスを行った後、チームを組んで病棟におもむき、患者さんの診察を行っています。

突然の入院に際しては、患者さんだけでなく、家族や職場の人も影響を受け、疲れて心身の不調を呈し、時には家族も入院を要する事態となりますので、家族のサポート、こころのケアも必要です。家族のもめごと、男女の問題、職場のトラブル、学校のいじめが、関係者を自殺に追い込むことがあり、動転して混乱をきたしやすいので、家族、職場・学校などの関係者の話を慎重に聞き、徹底した守秘義務の遵守のもとに診断と治療を行います。

月1回、多職種による「リエゾンカンファレンス」を開催して、各々の患者さんの現状、治療、退院もしくは転院、社会復帰に向けたサポートについてディスカッションします。

東日本大震災以後の混乱

自殺未遂によって搬送されたのち、精神科へ紹介された患者さんに対しては、特に自殺の再企図の予防を念頭に置いた集中的な介入を行いました。2011年3月11日に発生した東日本大震災以後の混乱した時期、「震災後のこころのケア」も加わってスタッフは多忙を極めましたが、これまで400人以上の治療にあたりました。

災害後は、家庭やカップルの間での女性への暴力が増加することを海外の研究は示していますが、確かに当院でも、自殺未遂については女性の患者さんが増えました。1年を3か月ごとに区切って4期間に分け、各々の数を比較したところ、震災の次の年からは、特に7~9月の夏の期間に女性の自殺企図の患者さんが増加し、ピークに達するという傾向が震災後3年間続きました。

7~9月は、お盆、夏季休暇、帰省、学校の新学期にあたる時期であり、死亡した家族と親族の埋葬や弔い、離散した家族の移動と再会に関連した家族と親族の問題の表面化が起こり、トラブルの生じる例が多かったようです。また夏の時期は、男女交際が活発になるようで、異性・恋愛・性に絡んだ問題が関係して、こころを病む患者さんが増加したようです。2015年には、精神科へ紹介される自殺企図の患者さんの数のピークが、男女ともに10~12月にシフトするという変化が生じました。

患者さんのこころの不調がなかなか改善しない場合、いじめ、虐待、DV、犯罪など、表面化されない問題が潜んでいることがあるので、慎重な対応が必要です。婦人相談所、地域包括支援センターなどにかかわってもらうケースもあります。

双極性障害とは

いくつかのことが分ってきました。

自殺を試みる患者さんは「うつ病」の人が多いと考えがちですが、入院当初「うつ病」と考えられていても、むしろ「双極性障害」であるケースの多いことが分かりました。双極性障害は、多弁・多動・焦燥・爽快気分・お金遣いが荒くなる・異性との交遊が活発になる、などを特徴とする「躁(そう)状態」と、気分の落ち込み・意欲低下・悲哀感・楽しめない感じなどの「うつ状態」の両方の状態がみられる病気です。

イラスト
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躁状態のときには、トラブルが生じやすく、反感や敵意を買いがちとなりますが、本人は病気であることを全く意識しておらず、次第に追い詰められ、その結果、気持ちが落ち込み、自信をなくし、破綻をきたして自殺を図るというケースが多く、「うつ病」と考えられていたケースの3分の2ほどの患者さんが躁状態もしくは軽躁状態のエピソードを経験していました。言い換えると、自殺を試みる人たちのうち、「うつ病」と診断されていた患者さんの半分以上は、実際は「双極性障害」であったことが分かってくる……ということです。

双極性障害には、双極I型障害と双極Ⅱ型障害があり、後者は「気分の波」はあっても、躁状態の程度が軽いものを指し、これには「双極性うつ」といわれるものが含まれます。この「双極性うつ」が自殺企図をする患者さんに多いと考えている人たちもいます。この気分の波にアルコール依存症が加わり、躁状態のときに飲酒量が増え、トラブルが一層生じやすくなる、というパターンがしばしば観察されます。

「うちの父ちゃん、のん兵衛だから困る!」「父ちゃん、飲んだときに暴れるけど、酔いから覚めたら覚えていない」という、アルコール依存症の家族の悩みは、何時(いつ)の時代にも存在していました。うつ病、双極性障害などの気分障害はアルコール依存症とは異なる病気ですが、アルコール依存症には気分障害が合併する例が多いので、両方の治療を行うと効果的のようです。本人は「サッとお酒を止めるなんて無理!」と言い、家族は「本人が止める気がないと治療にならない!そうでないと、先生も診てくれない」とあきらめがちです。しかしながら「飲酒に逆戻りするのはよくある話。それでもとにかく、止めないで通院しましょう。今日は、よく病院に来たね!」と、来院した患者さんを褒め、治療継続意欲を高め、通院を続けることに大きな意義があることを強調する「やさしい」依存症治療が徐々に主流を占めつつあるようです。

いわき市は漁師町で、大漁のときには皆でお酒を飲む習慣があり、以前は、アルコール依存症であっても、治療の必要を感じていない患者さんと、むしろお酒をたくさん飲むようにと勧める家族や関係者が意外に多くいらっしゃいました。これが、いわき市に自殺が多い理由の1つであったのかもしれません。

最後に

福島県全体の自殺率は全国平均と比べると高いですが、いわき市の自殺率は、震災翌年の2012年には全国平均を下回り、2016年には2009年のピーク時に比して、10万人当たりの自殺者が半分以下(16.4人)に減少しました。いわき市の自殺者を減らすため、意図的に精神科が介入し、適切な診断と治療の継続に努め、多職種連携によって自殺企図の繰り返しを防ごうとする努力は、それなりの成果をあげていると考えています。

更新:2024.10.18

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