高齢者に目立つ「誤嚥性肺炎」

いわき市医療センター

内科

福島県いわき市内郷御厩町久世原

はじめに

日本は21世紀に入り、高齢化が急速に進んでいるのをご存じのことと思います。この高齢化に伴って、日本人の死因も様変わりしてきました。今まではがんがトップで、次に心血管疾患、3番目に脳血管疾患と続きました。しかし2011年以降、がん、心血管疾患の順位は変わりませんが、肺炎が3位になりました。これはひとえに、高齢者が増えたためといわれています。最近の統計では、脳血管疾患、肺炎、老衰が拮抗(きっこう)しています(図1)。当院の過去10年間の肺炎患者さんの年齢による死亡率では、高齢になるほど高くなっているのが分かります(図2)。

グラフ
図1 主な死因別にみた死亡率の年次推移
グラフ
図2 当院における肺炎患者の年齢別死亡率

この項では、肺炎の中でも特に高齢者に目立つ誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)についてお話しします。

肺炎ってどんな病気?

肺炎とはどんな病気でしょうか?名前を聞いたことがある方は多いでしょう。でも「どんな病気?」と聞かれて、答えられる人は少ないのではないでしょうか。

原因は、さまざまな細菌やウイルス、真菌(しんきん)、化学物質、免疫の異常などにより、肺に炎症が起こり、肺が障害される病気です。また肺炎は、医学的には発生する場所によって大きく3つに分けられています(表1)。

市中肺炎(community-acquired pneumonia:CAP)
病院外で日常生活をしている人に発症する肺炎であり、医療・介護関連肺炎および院内肺炎を含まない。

医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia:NHCAP)
病院医療ケアや介護を受けている人に発症する肺炎であり、以下の定義項目を1つ以上満たす。
1. 療養病床に入院している、もしくは介護施設に入所している。
2. 90日以内に病院を退院した。
3. 介護※を必要とする高齢者、身体障害者。
4. 通院にて継続的に血管内治療(透析、抗菌薬、化学療法、免疫抑制薬等)を受けている。
※介護の基準:
PS3:限られた自分の身の回りのことしかできない、日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす、
以上を目安とする。
1には精神病床も含む。

院内肺炎(hospital-acquired pneumonia:HAP)
入院48時間以上経過した患者に新たに出現した肺炎

(『成人肺炎診療ガイドライン2017』日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017作成委員会編、 一般社団法人 日本呼吸器学会を改変)

表1 肺炎の分類

高齢者の肺炎は、この3つのいずれにもあてはまりますが、高齢になると特に多い原因の肺炎があります。それが誤嚥性肺炎です。

誤嚥性肺炎の特徴とは

高齢になると、肺炎にかかりやすくなります。その原因の1つは、細菌やウイルス、真菌などによる感染に対する体の抵抗力が落ちることです。人には細菌やウイルスが体に入ると、それを排除しようとする力があります。それが体の抵抗力(医学的には免疫力といいます)ですが、まだ免疫力がしっかりしていない幼児や、年齢を重ねた高齢者はこの力が弱く、風邪くらいの病気でも肺炎まで起こしてしまうのです。

また、飲み込む力が落ちていることも、肺炎にかかりやすくなる原因の1つです。食べ物は口からのど、食道、さらに胃へと入っていきます。のどの部分には肺へとつながる分かれ道がありますが、肺へ食べ物が行かないよう、蓋(ふた)をする仕組みがあります。

しかし、高齢者やのどに何らかの障害がある方は、この蓋がしっかりと閉じられず、食べ物の一部が肺へ入ってしまいます。健康な方なら、もし食べ物が肺に入っても、咳(せ)き込んで外に出そうという働き(咳反射といいます)が起こります。けれども、意識がもうろうとしていたり、息をつく力も弱っている方ではこの咳反射が起こりにくく、いつの間にか肺に入ってしまいます。これを「誤嚥」といいます。食べ物にはそれなりに細菌が含まれ、口の中の細菌も一緒に肺に入ることで、肺炎という形で病気が出てしまいます。

「図3」のように誤嚥性肺炎は、体の抵抗力が落ちていて、のどの力や咳をする力が弱っていることが原因で起こります。

イラスト
図3 誤嚥性肺炎が起こるしくみ

症状にも特徴があります。「表1」の肺炎の分類にある市中肺炎などは、インフルエンザなどがはやっているときにそれの合併症として出ますが、誤嚥性肺炎は1年中いつでも起こる可能性があります。

よく施設から、昨日までは元気だったお年寄りが、「今日はぐったりしている」「息をつくのもつらそう」「顔色も悪く、熱がある」とのことで当院へ搬送されることがあります。救急部で調べると、肺炎を起こしていることが判明します。このように一見、肺とは関係なさそうな症状でも、肺炎の症状であることがよくあります。

誤嚥性肺炎の診断

診断において第一に挙げられるのが、詳しい問診です。例えば、「日頃から食べるときにむせっており、吐いたことがあるのか」「以前より元気がなく、あまり話さなくなったのか」「食事量が少なくなったのか」「食べ物を受け付けないかどうか」といったことをお聞きします。次に血圧、脈拍数、酸素濃度(SpO2)を測り、聴診などの診察を行い、胸のレントゲン撮影や血液検査、尿検査も実施します。また、治療を始める前に痰(たん)を出してもらい、原因となる細菌を調べる喀痰培養(かくたんばいよう)という検査も行います。最近では胸のレントゲン撮影ではっきりしない場合、肺のCTを撮ります。

当院での肺炎治療の現状

当院には、肺炎が主な病気で入院する方は年間に約400人います。「図4」にこの10年間に入院した患者さんの年齢別症例数を示しました。肺炎を起こす年齢層には2つのピークがあり、幼児と中年以降の成人です。成人では50歳くらいから徐々に出てきて、80歳代にピークがみられます。そして、他の施設のデータですが「図5」のように、高齢になるほど誤嚥性肺炎が多くなっていきます。

グラフ
図4 当院における年齢別入院患者数
グラフ
図5 肺炎入院患者における誤嚥性および非誤嚥性肺炎の年齢別割合

当院では、人工呼吸器などをつけないと治療できない重症の方は救急部、重症ではないが入院治療を必要とする方は内科、外科関係なく、病院全体で医師が手分けをして診ています。入院の必要があるかどうかは「図6」に示したようにA-DROPという指標がありますが、どのような治療を行うかは、患者さんの病状によって医師が判断します。

フローチャート
図6 市中肺炎重症度分類(A-DROPシステム)

当院では「成人肺炎診療ガイドライン2017」(図7)に沿って診療しています。

フローチャート
図7 『成人肺炎診療ガイドライン2017』フローチャート

治療はどうするの?

主な治療として、第一に挙げられるのが抗菌薬治療です。誤嚥性肺炎の場合、ほとんど細菌が関与した肺炎ですので、抗菌薬という細菌を殺す薬を点滴投与します。しかし、初めはどんな細菌が原因で肺炎が起こっているかが分からないため、なるべくどの細菌にも効く薬を使います。同時に喀痰培養を行い、結果が出るまでは数日かかりますが、原因となる細菌に見合った抗菌薬に変更します。

抗菌薬治療にはいくつかの問題があります。その1つが、誤嚥性肺炎では原因となる細菌の種類が多いことです。誤嚥性以外の肺炎では、70%以上が肺炎球菌です。それに対して、誤嚥性では口の中などにいる細菌も多くなります。細菌の特定に時間がかかり、その種類が多いために、治療にも時間がかかります。

もう1つ、耐性菌の問題があります。「表2」のような状況ですと耐性菌が出やすくなり、これが検出されると治療が難渋します。そのほかには、安静、鼻カニューラや酸素マスク、または人工呼吸器を使った酸素投与、そして点滴や流動食による栄養管理があります。

1. 過去90 日以内の経静脈的抗菌薬の使用歴

2. 過去90 日以内に2 日以上の入院歴

3. 免疫抑制状態

4. 活動性の低下(PS≧3、バーセル指数<50、歩行不能、経管栄養/ 中心静脈栄養法

上記の 2 項目以上に該当した場合、耐性菌の高リスク群と判断する
(『成人肺炎診療ガイドライン2017』日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017作成委員会編、一般社団法人 日本呼吸器学会)

表2 院内肺炎/医療・介護関連肺炎における耐性菌リスク

さらにもう1つ、誤嚥性肺炎には重要な問題があります。それは「誤嚥」への対処も必要になることです。次項でお話しします。

入院はいつまで?

誤嚥性肺炎は、肺炎が治ればそれで終わりではありません。そのもととなった、「誤嚥」に対するアプローチも考えなければなりません。

当院では、肺炎が誤嚥性であることが推定される場合は、言語聴覚士(STと呼ばれています)と一緒に、肺炎がある程度落ち着いた時点から嚥下(えんげ)に対する訓練も行います。改善するまで入院して治療するのが理想ですが、実際にはかなり長期間を要し、もとの病気によっては一生の問題になる方もいます。「誤嚥」の原因には、もともと弱っている飲み込む力や口の中の衛生、栄養状態など、さまざまな要因があるからです。これらに対しては嚥下訓練以外にも、鼻から胃にチューブを通して薬や栄養を入れたり、さらに長期になる場合は胃瘻(いろう)を作ることもあります。

厚生労働省の政策もあり、当院の役割として「超急性期」「急性期」の治療を、つまり「肺炎」を重点的に治療することを目標としています。患者さんの病状がある程度落ち着き、治療方針が決まった時点で、他の医療機関にその後の治療をお願いしています。患者さんや家族からみると、「治るまで入院していたい」という話はよく聞きますが、誤嚥性肺炎に関しては「肺炎」ばかりでなく、「誤嚥」などに対するトータルな、そして長期間のケアが必要になります。「回復期」や「慢性期」の治療に関しては、その機能を担う病院へ転院しての治療をお願いしています。「図8」のように、この数年は当院から他の医療機関へ転院される患者さんが増えています。

グラフ
図8 当院における肺炎患者の転院年次推移

より効率が良く、的確な医療が行えるよう、市民の皆さんのご理解とご協力をお願いします。

最後になりますが、肺炎は命にかかわることもある病気です。そのための予防としては、肺炎球菌ワクチン接種やインフルエンザワクチン接種を積極的に受けることも大切です。

更新:2023.03.31