単孔式胸腔鏡手術(U-VATS) 肺がん

大垣市民病院

呼吸器外科

岐阜県大垣市南頬町

はじめに

胸腔鏡(きょうくうきょう)手術(Video-assisted Thoracic Surgery:VATS=バッツ)とは、小さな切開創(きず)から胸腔内の手術をすることです。大きく切開する開胸手術と比較して、VATSには患者さんの術後の痛みが少なく回復が速いという利点があります。また術者にも、テレビモニターで術野を拡大視できることや、その同じ画像を助手や麻酔医とも共有することで、手術の精度や安全性が高まるという利点があります。当院で採用している単孔式胸腔鏡手術(Uniportal VATS、以後U-VATS)とは、文字通り、患者さんの胸に開けられた1つの小さな孔(ポート)のみから胸腔内の手術を行う術式です(図A)。ほかの多くの病院で行われている多孔式胸腔鏡手術(Multiport VATS、以後M-VATS、図B)や一部の病院でのロボット支援手術(図C)では複数個のポートが設置されます。それらに比べると、U-VATSは患者さんに最も優しい術式といえます。

イラスト
図 胸腔鏡手術のポート位置

当院のVATS

私が当院に赴任した2002年、手術室に置いてあった内視鏡は、無名の会社製のお粗末なものでした。翌年に本式の内視鏡システムが導入され、そこからVATSによる手術数が急増しました。内視鏡システムもアナログからデジタルへ、そして現在のフル・ハイビジョンへと、三代の更新を経ています。VATSが日本に普及し始めた20年程前はその定義は曖昧で、開胸手術でもカメラで補助さえすればVATSと呼ばれていました(現在では、皮膚切開8cm以下のものをVATSと呼びます)。当院でも、当初は8〜10cmの小開胸を置き別のポートからカメラを入れて手術をしていましたが、次第に傷を小さくしてM-VATS(図B)に落ち着き、2018年10月までこの方式でした。同年11月にU-VATS(図A)に移行し、今日に至っています。この15年間のVATSは2,000件(うち、肺がん750件)を超え、現在当科手術の7割弱がVATSです。

U-VATS

1つのポートから肺葉(はいよう)を切除するこの術式は、2011年スペイン人医師ゴンザレス氏によって発表されました。現在アジアに急速に広まってきていますが、国内でU-VATSを導入している施設は、当院を含めまだ数えるほどしかありません。VATSでは日本が世界をリードしてきたことから、多くの施設でM-VATSが行われています。国内でもU-VATSへの関心は高いのですが、単孔という縛りからか、その導入はためらわれているという状況です。当科ではスタッフをゴンザレス氏の元へ派遣して直接技術を学び取り、2018年11月にU-VATSを導入しました。

U-VATSの対象疾患は肺がん、転移性肺腫瘍(しゅよう)、自然気胸(ききょう)、肺の炎症性疾患などです。肺がんに対してはU-VATS導入からの11か月間に、この術式で80件以上の手術を行いました。基本的には、病期進行度I期の末梢型肺がん(肺の根元より端の方に発生した肺がんで、リンパ節転移のないもの)に適応されます。

まず患者さんを全身麻酔にかけ、術側を上にした側臥位(そくがい)にします。第5肋間(ろっかん)に4cmの皮膚切開を入れ、筋肉を丁寧に分けて肋間を切開し、そこに専用の創部被覆材を装着してポートとします。患者さんの背中側から助手がカメラを入れ、腹側から術者が器具を操作し肺を切除します(写真1上)。肺は心臓から絶えず大量の血流を供給されており、小さな損傷でも多く出血しますから、肺の根元を剥(む)き出して血管や気管支を処理するには、非常に繊細な器具操作が要求されます。

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写真1 U-VATS手術の様子

コツの1つとして、器具同士の干渉を避けるため、左右の器具を交差させて操作します(写真1下)。M-VATSと比較すると、明らかにU-VATSの手術時間は短く(平均126分)、術後の痛みが少ないという結果でした。一方で出血量(中央値5ml)、合併症に差はありませんでした。術後の痛みが少ない理由の第一は、単一肋間の小さな傷1つで済むことですが、そのことは手術直前に行う局所麻酔による除痛にも有利に働いています。手術時間が短いのは、この術式が目にあたるカメラが上にあり器具を操作する手が下にあるという人間工学的に理にかなっているということもありますが、当科医師の技能の高さの証(あかし)でもあると自負しています。患者さんは術後翌日もしくは2日目に離床し、6日目に退院します。「写真2」はU-VATSで右肺葉切除術を受けた患者さんの術後2日目の手術痕です。

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写真2 U-VATS術後の患者さんの手術痕(術後2日目)

私たちは今、ポートの皮膚切開を少し広げること(6cm)で、U-VATSの適応をⅡ期やⅢ期肺がんにも拡大することに取り組んでいます。さらに、自然気胸に対しては、最小2.5cmのポートで手術を行っています。また、内視鏡の4Kシステムへの更新を控えていますが、そうなれば、手術の質と安全性がさらに高められると期待しています。

更新:2022.03.08