出生前診断から始まる新生児外科診療
大阪母子医療センター
小児科 産科 新生児科 集中治療科
大阪府和泉市室堂町
出生前診断とは?
皆さんは、「出生前診断」という言葉を聞かれたことがあると思います。赤ちゃんが生まれる前、胎児としてお母さんの子宮の中にいる間に、赤ちゃんが生まれつき持っている病気について診断することを出生前診断といいます。出生前診断という言葉は、受精卵や妊娠10週未満の胎芽(たいが)に対しても使われますが、妊娠10週を過ぎると赤ちゃんは胎児と呼ばれるようになるので、出生前診断のことを胎児診断と呼ぶこともあります。
出生前診断の方法には、大きく分けて、お母さんの血液や羊水、胎児の血液などの検体材料から診断する方法と、超音波診断装置やMRIを使った胎児の画像から診断する方法とがあります。検体材料から診断できる病気には、染色体の異常や遺伝子の異常が原因になる病気があります。これに対して、胎児の画像から診断できる病気は、赤ちゃんの臓器や体のさまざまな部分が形態異常(形やつくりの異常)を示す病気です。
赤ちゃんが生まれてから手術で治療しなければならない病気、すなわち外科的疾患は、この先天的な形態異常にもとづいた病気がほとんどです。そのため外科的疾患は、主に胎児超音波検査や胎児MRIなどの画像によって出生前診断されています(図1、2)。
胎児超音波検査とは?
胎児超音波検査では、胎児の健康状態を診断できるほか、胎児の決められた部位の長さや大きさを計測することで、胎児の発育の状態を評価できます。また、子宮内を満たす羊水量の異常、すなわち羊水過多や羊水過少は、胎児のさまざまな病気によって引き起こされるため、出生前診断のきっかけになることがあります。
赤ちゃんが病気にかかっている可能性があるかもしれない状態を示す胎児の特徴的な超音波所見の1つに、妊娠11〜13週頃に首の後ろから背中にかけて見えることのあるむくみによる透明帯(NTと呼ばれます)があり、これが厚い場合は、赤ちゃんに病気が隠れていることがあります。
しかし、これは確定診断ではないので、必ずしも赤ちゃんに異常があるとは限りません。胎児超音波検査は、妊娠週数の決定や、胎児の健康状態、発育状態の評価のほか、さまざまな病気を発見するためのスクリーニング検査としても、地域の病院の産婦人科や産科クリニックなどで広く行われています。
出生前診断は、どのような役に立つの?
では、生まれる前に赤ちゃんに外科的疾患があることが分かると、どのような役に立つのでしょうか。外科的疾患を持つ赤ちゃんを妊娠したお母さんに対しては、定期的な胎児のモニターや羊水量の観察など、特殊な周産期管理が必要になります。また、このような赤ちゃんは、生まれてすぐに治療を始めなければならない場合もあります。そのため出生後の赤ちゃんの状態を予想し、妊婦さんの段階から十分な治療が受けられるだけの経験や技術、体制の整った専門施設に紹介してもらうことが大切なのです。また、専門施設で診療してもらうことは、単に出生前後の母体の管理や、生まれてすぐに治療を始めるためだけでなく、なかには胎児の段階で胎児治療を行った方がよい病気もあります。
出生前診断される外科的疾患には、どんな病気があるの?
出生前診断される外科的疾患は、体や臓器の形態異常が画像として捉えやすい病気、つまり、正常の臓器があるはずの場所になかったり、臓器の一部が拡張や変形していたり、本来ないものが見えたりする病気です。逆に、見た目は異常がなく、臓器の機能(働き)に異常がある病気では、出生前に診断することはできません。出生前診断されることがある外科的疾患を表に示しました(表)。
首から背中にかけて、拡張した嚢胞(のうほう)(水のふくろ)が数多くできる病気に、頸部(けいぶ)リンパ管腫(かんしゅ)があります。わりと大きな嚢胞が多くみられる場合や、小さな嚢胞が海綿のように集まっている場合があります(図1)。首から縦隔(胸の中)の深いところに広がっている場合は、生まれてから呼吸困難を起こす危険性があります。
原発性胎児胸水では、乳(にゅう)びと呼ばれるリンパ液が胸の中に溜まります。両側の胸の中に大量の胸水が溜まる場合は、肺が十分広がらないために、肺の形成が不良になることがあります。そのため、胎児の胸の中と体の外を連絡させるシャントチューブを、胸の壁に留置するといった胎児治療が行われることもあります。
十二指腸閉鎖症や小腸閉鎖症では、胎児が飲み込んだ羊水を腸で吸収できないため、羊水過多が起こることがあります。閉鎖して行き止まりになった腸管の中に水分が溜まって拡張している像が胎児超音波画像で捉えられます。生まれた赤ちゃんは、手術で腸をつないでミルクが流れるようにすることが必要です(図2)。
生まれつき腹壁の形成に異常が起こり、おへその周りのお腹(なか)の壁から腹部臓器が体の外に脱出してしまう病気に、臍帯(さいたい)ヘルニアと腹壁破裂があります。腹部臓器をお腹の中に戻し、お腹の壁を閉じる手術が必要になります。
お尻から骨盤の中に発生する仙尾部奇形腫(せんびぶきけいしゅ)は、生まれてすぐの赤ちゃんに最も多くみられる腫瘍(しゅよう)の1つです。巨大なものや、腫瘍があまり水分を含まず、腫瘍実質が多い場合は、心不全や大量出血を起こしやすいことが知られています。
出生前診断された外科的疾患の診療の流れ
地域の病院の産婦人科や、産科クリニックで胎児の形態異常が疑われた場合、妊婦さんはまず、当センターの産科に紹介されます。胎児超音波検査や胎児MRI検査を行って外科的疾患が出生前診断されると、生まれてから治療を担当する診療科に、すぐに連絡します。
赤ちゃんの治療を担当する外科系の診療科は、「図3」に示したようにたくさんあります。生まれる前に、家族に対して担当科の医師から直接病気の詳しい説明や、生まれてからの治療の見通しなどを丁寧に説明することで、家族が安心して治療を受けられる環境をつくっています。妊婦さんを担当する産科や、出生後の赤ちゃんを担当する新生児科とともに、外科的治療を担当する主な診療科は、合同でカンファレンスを行います。このカンファレンスでは、出産前後の管理や治療の方針を話し合うとともに、すでに生まれた症例についても振り返り、治療の評価を各診療科にフィードバックしています。
産科医師のもとで出生した赤ちゃんは、新生児科医師によって蘇生や出生直後の治療が開始されます。その後の手術を中心とした外科治療は、各外科系診療科が主になって行います。手術は麻酔科医師が担当する全身麻酔のもとで行われ、集中治療科の医師が手術後の急性期管理を担います(図3)。
チーム医療がとても大切な病気――先天性横隔膜ヘルニア
先天性横隔膜ヘルニアは、多くの診療科がそれぞれの役割を分担し、協同しながらチーム医療で診療することが必要な病気の代表です。この病気は、どのような流れで新生児外科診療が行われているのでしょうか。
まず、地域の病院の産婦人科から、当センターで治療を希望される妊婦さんが産科に紹介されます。産科では画像検査を行い、この病気であることの確定診断を行います。次に、さまざまな指標を使って、病気の重症度を評価します。産科、小児外科、小児循環器科、放射線科が集まって症例カンファレンスを行い、重症度に応じた症例ごとの治療方針を立てます。カンファレンスには、生まれてすぐに蘇生を担当する新生児科、手術前後の呼吸循環管理を担当する集中治療科、手術中の麻酔を担当する麻酔科のほか、病棟や手術室の看護師も一緒に参加します。
先天性横隔膜ヘルニアの重症例では誘発分娩や帝王切開などの計画分娩で出産します。軽症例では自然経腟(けいちつ)分娩で出産します。赤ちゃんが生まれると、新生児科が蘇生を行い、レントゲン検査で病気の確定診断をします(図4)。1〜2日間は集中治療科で厳重な呼吸循環管理を行い、安定していることが確認できると、小児外科が横隔膜ヘルニア修復術を行います。赤ちゃんが自分の力だけで呼吸ができるようになるまで、再び集中治療科で管理を行います。やがて赤ちゃんが自分の力で母乳やミルクを飲んで、体重が増えるようになると、いよいよ退院です。しかし、退院後も小児外科だけでなく、新生児科が発育や発達をフォローアップし、必要に応じて、消化器・内分泌科や子どものこころの診療科などと一緒になって、赤ちゃんの成長を見守っていくのです。
このようなチーム医療により、当センターでは、最近の5年間では年平均10例以上の先天性横隔膜ヘルニアの治療を行うようになりましたが、そのうちの9割以上が、出生前に診断された赤ちゃんなのです(図5)。
チームを組んで赤ちゃんを救命(子宮外胎盤循環下胎児治療)
出生前診断される外科的疾患の中には、咽頭(いんとう)奇形腫や頸部リンパ管腫、先天性上気道閉塞症候群(じょうきどうへいそくしょうこうぐん)のように、口の奥やのどなどの上気道が生まれつき詰まっていて、普通に生まれると息ができない病気があります。このような赤ちゃんは、いくつもの診療科が協力して、チーム医療を発揮しないと助けることができません。
胎児は、子宮の中ではへその緒で胎盤とつながっていて、胎盤を通してお母さんから酸素をもらっているので、肺や気道を使って呼吸する必要がありません。そこで、上気道が生まれつき閉塞した赤ちゃんを助けるためには、へその緒を通した胎盤と赤ちゃんとの血液循環を残したままで、赤ちゃんに対して処置や手術を行って気道を確保し、呼吸ができるのを確認してからへその緒を切って赤ちゃんに生まれてもらうのです。このような治療を子宮外胎盤循環下胎児治療(EXIT)といいます。EXITを成功させるには、十分な機器や人員の準備と、関係する多くの診療科による綿密なシミュレーションが必要になるのです(図6)。
出生前診断が抱えている問題点
最近では、解像度の良い超音波診断装置の普及により、出生前診断される症例が増えるとともに、診断時期も早くなっています。しかし、それは良いことばかりではありません。以前なら、妊娠中に知らなくても問題のなかった赤ちゃんの病気が分かるようになってかえって家族の不安が強くなってしまう場合もあるからです。
また、赤ちゃんの病名を聞くと、病気のことをウェブサイトで調べる家族が増えています。しかし、ウェブサイトの医療情報は、簡単に手に入る半面、内容が間違っていることも多く、一人ひとりの赤ちゃんの状態とは、必ずしも一致しないことがあります。当センターでは、治療法や治療成績についても、最新のデータに基づいた正確な情報を家族に伝え、必要以上に赤ちゃんの将来について、不安を抱かないで妊娠期間を過ごしていただけるように努めています。
更新:2024.01.26