さまざまな難聴と人工内耳

大阪母子医療センター

耳鼻咽喉科 リハビリテーション部門

大阪府和泉市室堂町

伝音難聴と感音難聴

難聴とは、少しでも聞こえが悪いことをいいます。難聴というとすぐに補聴器というイメージを持たれてしまいますが、医学的には、少しでも聞こえが悪ければ難聴と呼ばれます(平均聴力で25dB以上)。

難聴には大きく分けて、伝音難聴と感音難聴があります。耳は外から外耳(がいじ)、中耳(ちゅうじ)、内耳(ないじ)に分けられますが、伝音難聴は外耳、中耳に問題がある場合で、処置や手術によって治りやすい難聴です。感音難聴は、内耳の蝸牛(かぎゅう)というカタツムリの形をしたところ(空気の振動である音を電気に変えるところです)がうまく働かなくて生じる難聴です。ほとんど場合、聴力そのものを良くすることはできないので、補聴器を使って音を大きくして聞かせるということになります。感音難聴では、程度の差はあれ、耳鳴りがし、音が歪(ゆが)んで聞こえるといわれています。しかし、音を大きくすれば聞こえるかというと、重度難聴の方はどんなに大きな音にしても十分な効果を得られません。そのような場合、以前であれば音声言語以外のコミュニケーションの方法に頼るしかありませんでした。

例えば、手話は多くの方がご存じだと思います。聴覚の代わりに視覚的に情報をやり取りする素晴らしい言語であるといえるのですが、大多数が耳で聞き、口で話すという音声言語を用いているため、その大多数の人間の中で生活していくためには、大きな不便を強いられることになります。そこで登場したのが人工内耳です。初めのうち、人工内耳は聾(ろう)社会から敵対視されました。自分たちの聾文化という存在をおびやかしかねない技術と捉えられたからです。しかし、現在は状況がやや変わってきています。

世界に広まる人工内耳

人工内耳はラセン神経節という、蝸牛の軸付近にある神経細胞の集まりを直接刺激する方法です。この神経細胞から出ているコード(軸索)が集まったものが、聴神経です。つまり、人工内耳は聴神経の根元を直接刺激するということになります。

人工内耳は体外部と体内部に分かれます(図1)。体外部分は、音を拾うマイクと音を処理する部分(スピーチプロセッサ)と電源があり(耳掛け型の補聴器に似ています)、さらに電波を送り出す円盤部分(トランスミッター)がつながります。体外部全体をスピーチプロセッサと呼ぶこともあります。体内部分は簡単にインプラントといいますが、レシーバー(アンテナ)と刺激装置(回路+電極)に分かれます。こちらは埋め込む手術が必要になります。体外部の円盤と体内部のアンテナは皮膚越しに磁石で付着し、電波で情報をやり取りします。スピーチプロセッサには電池が必要ですが、インプラントは誘導電流を使うため、電池は不要です。体外機の種類には円盤とスピーチプロセッサが一体となった円柱状のものもあり、髪の毛に隠れて目立たないという点では良いのですが、小児では外れてしまうことも多く、耳掛け型のものを使うことがほとんどです。

イラスト
図1 人工内耳の仕組み:
A、B:耳に掛けて装用する体外装置のサウンドプロセッサと送信コイル
C:体内-耳の後ろの皮膚のすぐ下に埋め込まれるインプラント
D:携帯型リモートアシスタント
(Nucleus 5 システム専用)
(日本コクレア社ホームページをもとに作図)

人工内耳の手術は、2014年末時点では全世界で50万人、両側の手術は5万5000人も受けている治療です。大きな街ができてしまうくらいの人数です。安全な手術であり、効果が明らかなのでこれだけ広まったといえます。以前は手術するかどうか、かなり迷う保護者の方もおられたのですが、現在は、人工内耳手術が広まったこともあり、適応基準の1歳になったらすぐにでも手術をしてほしいと言われることもあります。また、両側に装着した方が騒音下での聞こえが良くなりますので、最近では両側の手術を希望される方がほとんどです。

術後の聴力は、通常30dB程度になります。音としては聞こえていますが、言葉として聞くためには、訓練が必要になります。大人になってから聞こえが悪くなった人では、リハビリに時間がかからないことが多いのですが、小児で先天性難聴の場合は、生まれてから今まで十分に聞こえていなかったために音を聞き話すための訓練が非常に大切になります。

検査から手術まで

現在、人工内耳の適応となるのは1歳以上、平均聴力90dB以上の難聴で、そのほかにもいくつか条件があります。乳幼児の場合は、起きた状態で行う検査(COR条件詮索(せんさく)反応聴力検査)のほかに、他覚的検査として聴性脳幹反応ABR、聴性定常反応ASSRを行い、慎重に聴力を判断します。また、全体的な発達の評価を行うため、子どものこころの診療科を受診してもらい、希望があれば遺伝診療科で難聴遺伝子の検査を受けていただきます。画像検査としては、内耳に異常がないか、電極が挿入できるかなどを評価するため、CT検査、MRI検査を行います。保護者の方には以上の検査結果を説明し、時にはリハビリの様子を見ていただき、十分に納得した上で手術を決定しています。

入院は4泊5日です。手術の前日に入院し、2日目に全身麻酔で手術を行い、5日目に退院となります。

手術は2〜4時間程度かかります。手術にかかる時間に幅があるのは、人によって頭の骨(側頭骨)の状態が異なり、電極を入れる穴まで簡単に到達できる人もいれば、いろいろと掘り進まないと到達できない人もいるからです。以前は髪の毛を剃って手術を行い、大きな切開であったため、術後は痛々しく、その姿を見ると泣いてしまう保護者の方が多かったのですが、現在はほとんどの場合で髪の毛は剃らずに、切開の長さも4㎝ほどになっています(図2)。側頭骨を削る際には、顔面神経、味の神経(鼓索(こさく)神経)を傷つけないように注意します。顔面神経に関しては、神経がどのくらい近くにあるかをモニタリングしながら手術を行い、人工内耳の電極挿入に問題ないことを電気的検査(NRT)とX線撮影で確認して手術終了です。乳幼児の場合は、術後に熱が出ることもありますが、一過性のものであり、心配ないことがほとんどです。術後は1週間ほどで人工内耳に音入れをして、(リ)ハビリテーションが始まります。乳幼児には今までない刺激ですので、最初は非常に嫌がりますが、だんだんと慣れていきます。

写真
図2 人工内耳手術の皮膚切開線:以前は皮膚切開線が長く(点線)、剃毛(ていもう)も必要でしたが、現在は短く(実線)、剃毛もほとんどの場合は行っていません

更新:2024.01.26