最先端のゲノム医療と遺伝カウンセリング

大阪母子医療センター

遺伝診療科 遺伝カウンセラー

大阪府和泉市室堂町

近年の遺伝学の進歩は顕著です。ヒトゲノム計画でヒトの全遺伝子(ゲノム)の塩基配列(遺伝子の暗号)がほぼ解読され、さまざまな疾患(病気)の原因となる遺伝子が解明されました。

臨床の現場では遺伝子診断を病気の確定診断(診断を確定すること)に用いる機会が増えています。診断だけでなく発病のメカニズムや病態(病気の仕組み)の解明、薬物代謝の個人差の判定、新薬開発などさまざまな分野で応用が進んでいます。遺伝子レベルで明らかにされた情報を臨床に役立てる個別化医療(それぞれの患者さんに適した医療)は、今後さらに進むでしょう。

また、この複雑で時には不安要因になりかねない遺伝情報を正しく理解するためには、遺伝カウンセリングが重要となります。ここでは主に小児領域の最新のゲノム医療と遺伝カウンセリングについて解説します。

遺伝学的検査の種類

先天異常は新生児・乳幼児死亡の最大原因です。全出生児の3〜5%は、何らかの先天異常を持って生まれてきます。先天異常の原因の多くは遺伝子、染色体の変化による遺伝要因ですが、妊娠中の薬物やウイルス感染のような環境要因も存在します。生後すぐ集中治療が必要な先天異常症例もあれば、生後数か月以上経過して発病し、受診される場合もあります。このような場合には遺伝学的検査が必要となります。遺伝学的検査には染色体検査や遺伝子検査を含みます(表)。

表
表1-a 主な遺伝学的検査の種類(その1)
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表1-b 主な遺伝学的検査の種類(その2)

先天異常症と知的障害を合併する患者さんでは、原因を調べるために染色体検査G分染法がまず行われます。プラダー・ウィリ症候群など、染色体の特定の領域の欠失(欠如すること)が疑われる場合にはFISH法が行われます。G分染法で原因が判明する率は3%程度ですが、新しい染色体検査であるマイクロアレイ法では20%程度の検出率となります。マイクロアレイ染色体検査は2021年秋に保険診療が認められましたが、まだ実施施設が限定されています。しかし、精度の高さと情報量の豊富さから、さらなる普及が期待される検査です。

さらに詳細な検査として、次世代シーケンサー解析があります。約2万個あるヒトの遺伝子で、蛋白質(たんぱくしつ)に翻訳される重要な領域を一斉に解析するものです。従来の遺伝子解析は、遺伝子を1つずつ調べていましたが、次世代シーケンサー解析では大量の遺伝子を一度にまとめて解析できるため飛躍的に解析効率が高くなりました。分析機器の進歩だけでなく、遺伝子関連のさまざまなデータベースの構築が行われたことが、このような解析を可能にしてきました。

ゲノム医療の具体例

遺伝性疾患の正確な診断により、子どもの病気や障害の状態を把握し、家族の気持ちの上での受け入れを促進し、積極的に病気に取り組むきっかけとなります。将来発病する可能性のある合併症に対して早期に診断し、対応することで、健康管理やQOL(生活の質)向上に役立てることができます。疾患の遺伝形式が分かれば、同胞(兄弟姉妹)の罹患(りかん)の可能性が明確になります。将来の治療や症状改善の方法が明らかになる可能性もあります。具体例をいくつかあげてみます。

  1. 染色体や遺伝子変異が原因の症候群は多数ありますが、小児慢性特定疾患や指定難病に当てはまる疾患が増えています。遺伝子診断の結果、診断が確定すると公費制度を利用できるようになる場合があります。
  2. 稀少(きしょう)難治性疾患は個々の患者数は少ないですが、病気の種類は非常に多いです。稀少疾患は遺伝子変異が原因の場合が多く、遺伝子診断が可能なものが多いです。知的障害や自閉症においても同様に大きな進歩がみられています。近年では、「疾患特異的iPS細胞」といって、遺伝子変異を持った患者由来のiPS細胞を用いた病態研究、創薬研究が注目されています。患者さんに直接薬物を投与しなくても有効な薬物を見いだすことが可能な場合があります。
  3. 先天性難聴の遺伝子診断は専門機関で研究が行われ、商業ベースで実用化されています。内耳(ないじ)の機能にかかわる多くの遺伝子が難聴と関連することが分かってきました。進行性の難聴か否か、同胞発症の可能性、人工内耳の適応などについて、重要な情報が得られます。約40%の患者さんで原因遺伝子が判明します。
  4. てんかん遺伝子診断も近年よく行われています。多くのてんかんは多因子遺伝、つまり複数の遺伝要因や環境要因が重なって発症するもので、明確な遺伝による疾患ではありません。一方、一卵性双生児の特発性てんかん(原因不明のてんかん)の発症一致率は80%に及ぶなど、遺伝子の関連を示唆するてんかんは以前から知られていました。てんかんにおいては分子レベルの病態が明らかとなり、予後の推定や治療薬の選択において重要な情報が得られる場合があります。
  5. 小児の成長障害も発生頻度(ひんど)の高い病気です。低身長の原因としては成長ホルモン分泌不全が多いですが、さまざまな遺伝子変異が低身長を伴う疾患の原因となることが分かっています。例えば、ヌーナン症候群は低身長を伴うことが多く、確定診断がつけば、成長ホルモンを治療に使える場合もあります。また、軟骨異栄養症という骨の病気ではFGFR3という遺伝子の変異が原因で低身長になります。逆に、過成長症候群のように、体格が大きくなりすぎる病気でもさまざまな遺伝子変異が同定されています。
  6. 遺伝性腫瘍(しゅよう)(家族性腫瘍)の分野も遺伝子変異が関連します。小児科領域ではRB遺伝子変異による網膜芽(もうまくが)細胞腫が有名です。成人領域では遺伝性乳がん卵巣がんやリンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)などが知られています。遺伝性乳がん卵巣がんの責任遺伝子(原因となる遺伝子)であるBRCA1、BRCA2のいずれかに病的変異があれば、乳がんや卵巣がんが発病するリスクが高くなります。全大腸がんの約5%はリンチ症候群です。リンチ症候群では家系内に大腸がん、子宮体がん、小腸がん、腎盂(じんう)・尿管がん、卵巣がん、胃がんなどの発症が多い場合があります。遺伝性腫瘍を疑う場合は、専門医や遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを行い、リスクを正確に評価することで、早期診断、治療につながる可能性があります。

未診断疾患イニシアチブ(IRUD)について

2015年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究で「IRUD/Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases」がスタートしました。これは国立成育医療研究センターおよび慶應義塾大学が中心となり、希少(Rare)・未診断(Undiagnosed)疾患患者さんに対して、体系的に診療する医療システムを開発し、患者さんの情報を収集蓄積し、開示するシステムを確立するプロジェクトです。

当センターには稀少難治性疾患を持つ患者さんが多く受診しています。当科はIRUDのなかで関西地区の地域拠点施設(クリニカルセンター)としての役割を果たしています。このプロジェクトは、次世代シーケンサーによる網羅的ゲノム解析など、先端技術を用いた解析により得られたデータと症状や検査データとを総合し、診断を確定させます。さらに診断不明の患者さんの症状データなどをデータベース化し、新しい疾患概念を確立することを目的としています。次々に成果がみられており、当センターの患者さんから世界的な知見につながる例もみられています。

稀少疾患の研究は、その疾患を持つ患者さんのことに留まらず、一般的な発生頻度の高い疾患の治療に応用できる成果を生み出す可能性もあり、世界的に注目されている分野です。

遺伝カウンセリング

遺伝カウンセリングとは、患者さんやその家族が持つ遺伝性疾患や状態を医学的・科学的に分かりやすく説明し、医学的処置や検査を理解し、必要な医療や社会資源の利用ができるように援助し、その方にとって最適な意思決定や行動がとれるように支援することです。指示的であってはならず、クライエントの自律的意思決定を尊重することが大前提です。遺伝カウンセリングは医療者とクライエントの双方向性のコミュニケーションプロセスであり、単なるインフォームド・コンセントとは異なるものです。カウンセリングは十分な知識と経験を持った専門家(遺伝カウンセラーや専門的知識・経験を持つ医師)が行います。

当センターには、経験豊富な遺伝カウンセラーが勤務しています。本書の読者の方で遺伝に関する不安をお持ちの方は、遺伝カウンセリングを受けられることをお勧めします。

更新:2024.08.27