稀少難病、低ホスファターゼ症の診断と新しい治療

大阪母子医療センター

研究所 環境影響部門

大阪府和泉市室堂町

低ホスファターゼ症とは

低ホスファターゼ症は、アルカリホスファターゼ(ALP)と呼ばれる酵素の異常によって引き起こされる病気です。非常にまれ(稀少(きしょう))な疾患で、およそ10万出生に1人の割合で生まれてくると推定されています。治療の難しい、いわゆる「難病」の1つです。国の「小児慢性特定疾病」や「指定難病」にもなっています。

低ホスファターゼ症の主な症状は、骨や歯の異常ですが、そのほかに筋肉や関節、呼吸器、脳、腎臓などにも症状が現れることがあります。発症年齢は胎児期から成人にわたり、症状や重症度は人によってまちまちで、病型分類が用いられています(表)。一般的には発症年齢が早いほど重症で、周産期(胎児期や新生児期)や乳児期に発症する場合は、生命に危険が及ぶこともあります。小児期や成人期発症の患者さんでも、歩行や日常生活に支障をきたす場合があります。

表
表 低ホスファターゼ症の病型と症状の特徴

低ホスファターゼ症の原因

低ホスファターゼ症では、遺伝子の変異によってALP酵素の働き(活性)が足りなくなるため、さまざまな症状を発症します。ヒトでは4種類のALP遺伝子がありますが、そのうち、低ホスファターゼ症の原因となるのは、組織非特異型ALP(TNSALP)をつくるALPLという遺伝子の変異です。血液中のALPのほとんどはTNSALPであるため、低ホスファターゼ症の患者さんでは血液のALP値が低下しています。ただし、血液中のALPの正常範囲は年齢によって変化し、乳児・小児・思春期では成人よりも高い値を示すので注意が必要です。

TNSALPは、特に骨で重要な働きをしています。骨はコラーゲンなどの蛋白質(たんぱくしつ)でできていますが、そこにカルシウムとリン酸の結晶(ハイドロキシアパタイト)が沈着してコーティングしています。このカルシウムとリン酸によるコーティングを「石灰化」と呼び、骨は石灰化されることで強く硬くなります。

TNSALPはこの骨の石灰化に必要な酵素です。骨や軟骨で、TNSALPはピロリン酸という物質を分解してリン酸をつくります。このリン酸がカルシウムと結合して骨石灰化を進行させます。低ホスファターゼ症の患者さんでは、ピロリン酸が分解できず、リン酸を産生することができません(図1)。また、分解されないピロリン酸が細胞の外に溜(た)まって、石灰化の邪魔をします。そのため、低ホスファターゼ症患者さんの骨は石灰化障害を示し、曲がったり、折れたりしやすくなります。また、TNSALPは脳の働きに必要なビタミンB6の代謝にもかかわっているため、低ホスファターゼ症の患者さんでは、脳がビタミンB6不足になって痙攣(けいれん)を起こすことがあります。

イラスト
図1 低ホスファターゼ症における骨石灰化障害の原因

低ホスファターゼ症の症状

低ホスファターゼ症では、骨の石灰化が障害されるために骨変形や骨折、成長障害を起こします。重症の患者さんでは胸の骨組み(胸郭)が狭く、肺の発育が悪いため、呼吸困難や肺炎を起こしやすく、人工呼吸器が必要になることもあります。また、カルシウムが骨に沈着できないために血液中で過剰になり、尿中に多量に排泄されるため、高カルシウム血症や高カルシウム尿症を示すことがあります。高カルシウム血症は不機嫌・食欲不振・嘔吐(おうと)を引き起こし、高カルシウム尿症は腎臓の石灰化・腎機能障害を起こします。さらに、歯根が骨に十分に固定されていないために、乳歯が通常よりも早く(4歳未満)抜けてしまいます。そのほか、頭蓋骨(ずがいこつ)のすき間が通常よりも早く閉鎖してしまう頭蓋骨縫合早期癒合症(とうがいこつほうごうそうきゆごうしょう)や、ビタミンB6不足による痙攣、筋力低下による歩行障害など、さまざまな症状が現れます。

低ホスファターゼ症の診断

症状から低ホスファターゼ症が疑われる場合、骨X線撮影や血液・尿の検査を行います。骨X線撮影により骨石灰化障害や骨変形が分かります。小児型ではくる病に似たX線所見を示します。血液検査ではALP値の低下や高カルシウム血症の有無を調べます。尿の検査では高カルシウム尿症のチェックのほか、ALPにより分解される物質が体に溜まっていないか調べます。確実な診断のためには、ALPL遺伝子検査を行います。

当センターではこれまで、全国から多くの患者さんの検体を受け入れて遺伝子検査を行ってきました。遺伝子検査を行うことで、診断が確実になり、病気の重症度や経過がある程度予測できます。低ホスファターゼ症の遺伝子検査は、2016年から保険診療として行うことが可能になりました。

低ホスファターゼ症の最新治療

従来、低ホスファターゼ症に対する根本的な治療はなく、特に重症型の患者さんにおいては呼吸不全のために、新生児期や乳児期に死亡することが少なくありませんでした。しかしながら最近、足りないALPを補うためのALP酵素補充薬(ストレンジック®)が開発されました。国内においても医師主導治験が行われ、この薬の高い有効性が確認されました(図2)。

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図2 ALP酵素補充を行った患者さんの骨石灰化の改善(胸部X線写真)

当センターでも、最重症の患者さんに対して生後1日目からこの薬剤の投与を行い、救命に成功しました。この患者さんにおける治療の成功が大きな推進力となり、2015年7月、ストレンジック®は低ホスファターゼ症の治療薬として、世界に先駆けて国内で製造販売承認を取得し、市販が開始されました。

ストレンジック®の開発により、低ホスファターゼ症患者さんの生命予後は格段に改善しつつあります。当センターでは、低ホスファターゼ症患者さんのより良い診療のための取り組みを続けています。

更新:2024.01.26