膝前十字靭帯損傷とその治療を教えてください

愛知医科大学病院

整形外科

愛知県長久手市岩作雁又

前十字靭帯って、どんな働きをするの?

前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)とは、大腿骨(だいたいこつ)(太ももの骨)の後方から脛骨(けいこつ)(すねの骨)の前方を走行している靭帯で、大腿骨に対する脛骨の前方への移動と膝(ひざ)のひねりを制御し、膝の安定性のために重要な靭帯です(図)。膝関節(しつかんせつ)は骨のみでは極めて不安定な関節のため、靭帯の役割がとても大切になります。

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図 前十字靭帯の走行

膝関節には前十字靭帯、後十字靭帯、内側側副靭帯、外側側副靭帯の4つの大きな靭帯があります。各々が手綱の役割をしており、4つの靭帯が互いに連動して緊張および弛緩(しかん)することで膝関節の動きのバランスをとっています。そのため1本でも手綱が切れると、とたんに不安定な状態となってしまいます。このことから前十字靭帯は、膝関節が正常に動くのにとても大切な靭帯であることが分かります。

前十字靭帯が損傷するのは、どんな場合ですか?

前十字靭帯損傷(写真1)は、スポーツ膝傷害の中で最も多いとされています。スキー、バスケットボール、バレーボール、サッカー、ラグビー、柔道でよく起こります。ジャンプの着地や急な方向転換など、ほかの選手と接触しない減速動作で生じることが多いですが、ラグビーなどでは、ほかの選手と接触することで膝関節に直接ストレスが加わり生じることもあります。損傷を起こしやすいのは、軽く膝が曲がった状態で接地するときや、膝が内側を向いて着地するときといわれています。また前十字靭帯が損傷するときに、状況によって側副靭帯や半月板(はんげつばん)の損傷を合併することがあります。損傷した瞬間は、ボキッという音とともに膝崩れ感(膝がガクッと外れる感じ)が現れ、スポーツの継続が困難となることが多いです。

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写真1 損傷した前十字靭帯のMRI像

急性期(損傷して1~2週の間)には、膝関節内に血液が貯留し関節の腫(は)れと痛みを伴い動きが悪くなりますが、3週間程度で回復し通常の生活が可能となります。しかし靭帯はうまく機能していないので、スポーツ活動では膝崩れを生じます。また前十字靭帯は、ギプスや装具で固定しても修復されることはありません。そのため、手術をせずにこの状態を続けていると半月板や軟骨を損傷する可能性が高くなってしまい、最終的には変形性膝関節症に至ることもあります。

前十字靭帯損傷には、どんな治療をするの?

損傷した前十字靭帯に対しては、患者さんの年齢や活動性、関節の不安定性などによって治療法を決めますが、保存的治療では回復することは稀(まれ)で、多くの場合、手術をすることが望ましいと考えます。

現在行われている手術は、関節鏡(膝関節用の内視鏡)を使用し、低侵襲(てんしんしゅう)(体への負担が少ない)に自分の組織を用いて前十字靭帯を再建する方法(自家腱移植(じかけんいしょく)、写真2)です。自分の組織には膝屈筋腱(しつくっきんけん)(内太ももの腱)や膝蓋腱(しつがいけん)(膝の皿の下にある腱)を使用します。関節鏡を用いることで、最小限の切開で大きな合併症もなく手術ができ、かつ手術成績も安定しているため有効な治療法といえます。大腿骨と脛骨の元来靭帯が付着していた部分に関節鏡を用いてトンネルを作製し、そこに採取し、加工した自家腱を通して上端と下端を金属で固定します。トンネルの中に通した腱は、手術の直後は骨とは固定されていませんが、周りから徐々に細胞と血管が入りこんでいき、腱と骨の壁がつながり、本来の前十字靭帯の代わりとして働いてくれるようになります。

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写真2 再建した前十字靭帯の関節鏡画像

手術の後にはスポーツ復帰までの間、リハビリテーションがとても大切になります。可動域訓練は術後2日目から始めます。松葉杖(まつばづえ)は術後6週程度で取ることができ、日常生活は通常どおり可能となります。しかしながらスポーツへの復帰は、競技種目やレベルにもよりますが、筋力の回復も含め、10か月から1年程度が必要とされています。移植した腱が再び靭帯として機能するためには、粘り強いリハビリテーションの継続が必要です。

当科で診療している膝の病気

当科では、前十字靭帯損傷のほかにも半月板損傷や後十字靭帯損傷に対する関節鏡視下手術や、習慣性および恒久性膝関節脱臼(だっきゅう)、膝蓋骨不安定症に対する手術(内側膝蓋大腿靭帯〈MPFL〉再建術など)、膝関節の広範囲軟骨損傷に対する自家培養軟骨移植術(ジャック®)、変形性膝関節症に対する人工膝関節置換術など膝関節疾患に対する治療を幅広く積極的に行い、患者さんの生活の質(QOL)の向上に努めています。

更新:2022.03.14