ゲノム情報に基づくがん医療

浜松医科大学医学部附属病院

遺伝子診療部

静岡県浜松市東区半田山

ゲノムとは?

ゲノムとは、「遺伝子(gene)」と「すべて(-ome)」を合わせた造語で、DNAに含まれる遺伝情報全体を指します。ゲノムの変化を調べる検査を行う目的には、「個別化予防」と「個別化治療」の2つがあります。

個別化予防は、遺伝性腫瘍(いでんせいしゅよう)のリスクがあるかどうか、生まれつきの病気の原因となる遺伝子の変化を調べ、患者さん自身や血縁家族の健康管理についてチームで行う医療です。個別化治療は、がん組織の遺伝子の変化を調べて、一人ひとりの体質や病状に合わせて治療などを行う医療です。

チームで取り組む遺伝性腫瘍診療

遺伝性腫瘍は、遺伝要因の関与が強く示唆される腫瘍で、がん全体の5~10%存在すると推定されています。近年では解析機器の進歩により、遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子の変化が多く判明してきており、遺伝学的検査により得られた結果は、リスク低減手術(がんのリスクを下げるために、がんを発症する前に切除する手術)をはじめ、患者さん自身や血縁者の健康管理に寄与している割合が増えています。

例えば、遺伝性腫瘍の1つである「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」は、傷ついたDNAを修復し細胞のがん化を抑える働きがあるBRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子に、生まれつきの変化がある病気です。一般的に200~500人に1人がHBOCに該当するといわれており、乳がん、卵巣がん、前立腺(ぜんりつせん)がん、膵臓(すいぞう)がんなどの発症リスクが高いことがわかっています。また、遺伝学的検査によりHBOCと診断された場合には、リスク低減乳房切除術(乳がんのリスクを下げるために、がんを発症する前に乳房を切除する手術)やリスク低減卵管卵巣切除術(卵巣がんのリスクを下げるために、がんを発症する前に両方の卵巣および卵管を切除する手術)という選択肢もあります。

このように、HBOCをはじめとした遺伝性腫瘍と診断された方には、複数のがんに対するさまざまな健康管理を適切に提供することが重要です。そのために私たちは定期的に、多職種が集まって議論を交わす家族性腫瘍カンファレンス(検討会)を開催しています(写真1)。

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写真1 家族性腫瘍カンファレンスの様子

臨床検査からも疑われる遺伝性腫瘍

遺伝性の大腸がんは、ポリープがたくさんできる家族性大腸腺腫症(かぞくせいだいちょうせんしゅしょう)(FAP)と、ポリープがあまりできないタイプのリンチ症候群が代表的です。

FAPは、大腸の中にたくさんのポリープができ、やがてそれががん化することにより、大腸がんを発症する病気です。

がん抑制の機能を持つAPC遺伝子に生まれつきの変化がある病気で、通常は親から子に2分の1の確率でAPC遺伝子の病的変化が受け継がれます。ただし、なかには両親にはなかったAPC遺伝子の病的変化が子どもに新たに起こり、家系内で初めてFAPになったと思われる方もいます。このような場合、下部消化管内視鏡検査(かぶしょうかかんないしきょうけんさ)(大腸カメラ)を受けて初めてポリープがたくさん認められ、FAPと診断されます。

大腸ポリープがあまりできない遺伝性の大腸がんは、今では発見者の名前にちなんで、リンチ症候群と呼ばれています。大腸ポリープがあまりない方でも、大腸がんや子宮体がんなどに罹(かか)った家族が多くいる場合があることは、以前から知られていました。

リンチ症候群の家族歴や症状のほか、腫瘍部を用いたマイクロサテライト不安定性検査(マイクロサテライトと呼ばれるDNAの繰り返し構造の長さががんで変化しているかどうか調べる検査)、あるいはDNAミスマッチ修復蛋白(たんぱく)の免疫組織化学検査(がん細胞でDNAミスマッチ修復蛋白が作られなくなっているのかどうかを調べる検査)により疑われ、採血による血液を用いた遺伝学的検査により確定診断されます。

「がんゲノム医療」から遺伝カウンセリングへ

最近、「がんゲノム医療」という言葉をよく聞くようになりました。これは、がんの組織で起きているゲノムの変化を調べて、その特性に合った薬物療法を行うという個別化治療です。当院では、一度に複数の遺伝子を調べる「がん遺伝子パネル検査」が行われます。

がん遺伝子パネル検査の主な目的は、がん細胞に生じた遺伝子の変化を検出し、治療に役立つ情報を得ることです。標準治療がない、もしくは終了した患者さん(終了見込みの方も含む)ががん遺伝子パネル検査を受け、そのうち約10%の患者さんが新たな治療につながっています。一方、がん遺伝子パネル検査を受けた約5%の患者さんに遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子の変化が見つかっています。

遺伝性腫瘍であるとわかることは、患者さんのみならず血縁の家族のがん発症リスクに応じた予防や早期発見につなげられる、というメリットがあります。

当院遺伝子診療部では、がん遺伝子パネル検査を受けた結果、遺伝性腫瘍の可能性が判明した場合、遺伝カウンセリング(写真2)を提供しています。遺伝カウンセリングでは、遺伝や遺伝性の病気にかかわる悩みや不安、疑問を持たれている方々に、正確な医学的情報をわかりやすく伝え、理解できるようにサポートします。そのうえで、気持ちを聴きながら、自らの意思で医療技術や医学情報を利用して、患者さん自身や血縁の家族の問題を解決していけるよう、心理面や社会面での支援をします。

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写真2 遺伝カウンセリングの様子

更新:2023.10.26