整形外科 脱臼しない人工股関節置換術、人工骨頭挿入術の試み~ALS-THA、CPP-BHP~

中部ろうさい病院

整形外科

愛知県名古屋市港区港明

高齢になるにつれて増える変形性股関節症と大腿骨頚部骨折

日本は超高齢社会を迎えており、平均寿命は男性81歳、女性87歳まで延びています。寿命が延びると同時に医療や介護が必要な高齢者が増えてきており、日常生活において不自由なく生活できる健康寿命に注目が集まってきています。

股関節(こかんせつ)の軟骨がすり減るため、股関節の痛みが出て動きが悪くなる変形股関節症は、40〜50歳頃に発症し国内での有病率は1〜4.3%と報告されています。日本人の場合は欧米人と異なり、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)(大腿骨頭(だいたいこっとう)を覆う骨盤の部分が小さい)をベースに発症し、高齢になるにつれて進行していきます。

変形性股関節症が進行すると痛みや股関節の動く範囲が制限されるために、歩くことや日常生活動作に支障をきたし、治療が必要です。進行している場合には、痛み止めやリハビリなどの保存治療では改善しないことも多いため、治療に難渋します。

また、高齢になると骨が弱くなる骨粗しょう症(こつそしょうしょう)になってしまうため、転倒するだけで骨折してしまうことが多いです。その中でも大腿骨頚部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)は大腿骨の付け根が折れる重症の骨折で、高齢化に伴い増加傾向にあります。

大腿骨頚部骨折は、安静やギプスなどの保存治療ではうまく治らないため、手術による治療が必要になります。転位(骨折のずれ)が小さい場合は、スクリューなどによる骨接合術が選択されますが、転位が大きい場合は、人工物に置換する人工骨頭挿入術(じんこうこっとうそうにゅうじゅつ)の適応となります。

人工股関節置換術、人工骨頭挿入術とは

人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)(THA)は進行した変形性股関節症において痛みを除いたり、股関節の動く範囲の改善に有効な治療法です。

変形性股関節症は、骨盤側と大腿骨側の両方の軟骨や骨が傷んでいるため、骨盤側には金属製のカップをはめてから軟骨の代わりをするポリエチレン製のライナーを固定します。大腿骨側にはステムという金属を入れてから、大腿骨頭の代わりをするインナーヘッドをステムに固定して合わせることで人工股関節になります(図1)。

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図1 人工股関節と人工骨頭

傷んだ股関節を人工物に取り換えることで、関節はスムーズに動くようになるため、痛みは速やかに改善し、関節の動く範囲も徐々に改善させることができます。

人工骨頭挿入術(BHP)は、骨折のずれが大きい大腿骨頚部骨折に対して行われます。人工股関節置換術と異なり、骨盤側の軟骨や骨は傷んでいないため、大腿骨側のみを金属性のステムやアウターカップで置換することで人工骨頭となります(図1)。骨折した大腿骨頭を除去して人工骨頭を挿入しますが、しっかり固定できるので骨折した部分の痛みは速やかに改善します。術後早期からリハビリを進めることができるため、高齢者でも歩行能力の維持が可能になります。

人工股関節置換術・人工骨頭挿入術はともにガイドラインでも推奨され、かつ医学的根拠が豊富な確立された治療方法ですが、手術に伴う合併症がいくつか存在します。その中でも人工股関節・人工骨頭の脱臼が、この2つの手術において重要な合併症になります。

私たちの股関節は靱帯(じんたい)や関節包(かんせつほう)などがあるために、めったに外れることはありませんが、人工股関節や人工骨頭では靱帯や関節包の一部を切除するため、姿勢によっては外れる可能性があります。脱臼してしまうと痛みが出て歩けなくなり、病院に搬送してもらい、はめ直す必要があります。

手術方法改善による脱臼しない人工股関節置換術、人工骨頭挿入術の試み

人工股関節・人工骨頭の脱臼率を低下させる方法の1つに手術方法の改善が挙げられます。股関節に到達するための手術経路としては、大きく分けて股関節の前方、側方および後方経路の3種類です。これらの中では視野が得やすい後方経路が全世界的にも一般です。後方経路は、後方の筋肉や関節包・靱帯を切り離ししなくてはならないため、股関節を曲げたときに脱臼してしまう心配があります。

当院では人工股関節の手術は、筋肉や腱(けん)を切り離さない仰臥位前外側進入法(ぎょうがいぜんがいそくしんにゅうほう)(ALS)で行っています(図2)。この方法を採用することにより、変形性股関節症ガイドラインで1〜5%と報告されている人工股関節の脱臼率は0.5%で、脱臼率を低減させることができました。また筋肉を切らないため、術後早期の筋力の回復に優れているといわれており、筋力の少ない高齢者に対してもやさしい手術方法だと考えています。

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図2 仰臥位前外側進入法(ALS)

人工骨頭挿入術は若い整形外科医が手術することも多いため、視野の良い後方経路で手術を行っていましたが、現在は筋肉や関節包の切る部分を減らした短外旋筋共同腱温存後方進入法(たんがいせんきんきょうどうけんおんぞんこうほうしんにゅうほう)(CPP)で手術をしています(図3)。この方法で手術することによって、後方の筋肉や関節包の大部分を残すことができるため、ALS同様に股関節脱臼の生じる頻度(ひんど)が低いと報告されています。まだ導入早期ですが、脱臼例は1例もなく、満足できる結果が得られていると考えています。

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図3 短外旋筋共同腱温存後方進入法(CPP)

更新:2022.03.23