年齢とともにとても気になる「前立腺肥大症」
いわき市医療センター
泌尿器科
福島県いわき市内郷御厩町久世原
はじめに
「最近、なんだかおしっこがちかぐなってしまったんだけんちょも、なんでだっぺ?」「そりゃ、おめ〜、年のせいだっぺ。俺もだ。いぎおいもわりいんだっけ。しゃああんめぇ。年なんだがら!」と言っているお父さん、おじいさん、おじさん、おにいさんなど……あなたの周りにいませんか?
それは、もしかしたら、前立腺肥大症のせいかもしれませんよ。
同じような症状のお母さん、おばあさんもいるかもしれませんが、それは別の病気によるものですので、ここでは触れません。なぜって、前立腺は男性にしかないんですもの。
前立腺肥大症とは?
前立腺は膀胱(ぼうこう)の下部、出口にあり、尿道を取り囲むように存在する男性特有の臓器です。精液の成分である前立腺液を分泌し、精子の運動を助ける働きを担っていると考えられていますが、その働きについては、いまだ解明されていないことも多く、謎の多い臓器です。
前立腺は成人男性ではクルミ大の大きさであり、一般的には外側の外腺、その内側の内腺からなるといわれています。よく、みかんの皮が外腺に、みかんの実が内腺にたとえられます。この内腺の部分が加齢に伴って肥大して、排尿障害、頻尿(ひんにょう)などの症状が出てきたものが前立腺肥大症です。
加齢とともに増加する前立腺肥大症
一般的に、加齢とともに前立腺肥大症の頻度(ひんど)は増えます。前立腺は早い方だと30歳代から大きくなり始めますが、通常は40歳代後半〜50歳代前半から大きくなってきます。70歳以降は大きくなり続ける方と変わらずにいる方とに分かれます。進行性の疾患であり、どのように定義するかにもよりますが、症状のある方は60歳代で約6%、70歳代で約12%といわれています。前立腺が大きくても症状のない方もいれば、小さくても症状の強い方もおり、その発症のはっきりした原因は分かっていませんが、ホルモンバランスの変化などが考えられます。
発症の危険因子として考えられていることを次にあげます。
- 加齢
- 年齢とともに前立腺は増大します。「年のせい」というのもあながち嘘ではありません。
- 食生活
- 野菜、豆類などをあまり摂取しない、動物性蛋白質(たんぱくしつ)、脂肪を多く摂取する。粗食がベターでしょうか。
- 性生活
- 早くから性活動を開始し、年を取ってからも性活動が旺盛である。しかし、諸説があり確定的ではありません。
- 遺伝的要因
- 父親、兄弟に前立腺肥大症の方がいると発症する確率が高い(冒頭の会話は兄弟の会話かもしれませんね)。
「表」のような自覚症状がある場合、前立腺肥大症の可能性があります。最近、若いときに比べると、尿の出方が思わしくないという方は、最寄りの泌尿器科を受診することをお勧めします。
尿が近い(特に夜間) |
排尿後も尿が残っている感じがある |
尿の勢いがない |
尿が途中でとぎれる |
尿を出そうと思ってから実際に出るまで時間がかかる |
尿を出し終わるまで時間がかかる |
力まないと尿が出ない |
前述のように、「年のせい」と言われることも多い症状ですが、原因は膀胱や前立腺の自律神経の緊張、尿路結石やがん、脊髄(せきずい)や脳の病気、あるいは糖尿病などによる神経の異常などさまざまなケースがあるので、詳しく調べることが大切です。
前立腺肥大症の初期には、膀胱が刺激され、下腹部や会陰部の不快感、頻尿・排尿困難が起こります。次にこれらの症状が強まるとともに残尿感が生じてきます。残尿(排尿後も膀胱内に残っている尿)により、さらに症状が悪化したり、細菌感染を起こしたり、飲酒や感冒薬内服をきっかけに尿を全く出せなくなる急性尿閉(にょうへい)が生じたりします。
近年では頻度は少なくなっているものの、最後には自力での排尿が困難となり、尿が全く出ない状態、あるいは膀胱に溜(た)め切れなくなった尿が溢(あふ)れ出てくる溢流性(いつりゅうせい)尿失禁という状態になります。さらに腎臓(じんぞう)の働きが悪化し、水分、老廃物が体内に蓄積してしまう腎不全、尿毒症を起こすこともあります。たかがおしっこ、されどおしっこ、侮るなかれです。
どのような検査、治療ですか?
泌尿器科を受診した場合、まず問診(問診票)で自覚症状を確認することから診察が始まります。国際前立腺症状スコア(IPSS)により自覚症状を評価します。過活動膀胱(尿が我慢できないことが主な症状である疾患)を伴っていることもあり、過活動膀胱症状スコア(OABSS)もあわせて評価することが多くなっています。具体的な検査としては次のようなものがあげられます。
- 採血によるPSA(前立腺特異抗原)検査(「前立腺がん」参照)
- 前立腺がんの疑いはないか?4.0ng/ml未満が基準の値となっています。
- 肛門から直腸に指を入れての前立腺の触診(直腸診)
- 大きさや硬さをみます。前立腺がんは石のように硬いといわれます。
- 肛門から直腸にプローブを挿入して、または腹部にプローブをあてての超音波検査
- 腎臓の腫(は)れ、尿路結石の有無、膀胱や前立腺の形や大きさをみます。
- 尿の勢い、排尿時間を調べる尿流量測定(ウロフローメトリー)
- トイレ型の測定器に排尿するだけで検査できます。
- 残尿測定
- 超音波、あるいは尿道からカテーテルを入れて量を測定します。
これらにより病状を評価し、状態に応じた治療法を考えていくことになります。治療法としては、大きく分けると薬を内服する薬物療法と手術療法があります。治療にあたっては症状の緩和とともに、残尿をなくし無理のない排尿ができるようになることを目標とします。
1. 薬物療法
- a. αブロッカー
- 前立腺に存在する交感神経の緊張をとり、尿道をゆるめ、尿の通りをよくする薬です。前立腺そのものは小さくはなりません。副作用は少ないのですが、立ちくらみやめまいを起こすことがあり、射精障害や勃起障害が生じることもあります。
- b. 抗男性ホルモン薬
- 前立腺に対して男性ホルモン(テストステロン)が働かないようにし、前立腺をある程度小さくする薬です。副作用としては勃起障害などの性機能障害が出ることがあります。また、PSA(前立腺特異抗原)を低下させる働きがあるため、前立腺がんが存在していた場合、これを隠してしまう可能性もあります。
- c. 5α還元酵素阻害薬
- 広い意味で抗男性ホルモン薬ともいえますが、前述の「b」とは作用のしかたが違います。男性ホルモンが、活性度がより高い形に変換されるのを抑えて、前立腺を縮小させ、症状の改善をもたらします。ただし、病気の原因そのものは治せません。中止すると元に戻ってしまう可能性や性機能障害が出ることがあります。
- d. PDE5阻害薬
- 血管や筋肉にあるPDE5という物質の働きを抑えて症状を改善させる薬です。
①膀胱の血管を拡張して、傷んだ膀胱の組織を改善させる
②膀胱出口、前立腺、尿道の筋肉をゆるめて通過を良くする
③傷んだ膀胱により過敏になった神経の働きを抑える
という作用で、尿が溜まったとき、および尿を出すときの症状を緩和します。 - e. 生薬、漢方薬
- 炎症を鎮めたり腫れをひかせることで、前立腺肥大症に伴う症状を改善します。副作用が少なく長期投与が可能です。
どの薬を使うかはそれぞれの患者さんの症状によって判断されます。
2. 手術療法
薬が効かない、尿道の通過障害が強い、あるいは残尿が多い、尿が出ない場合には手術療法を考える必要があります。次に述べるようにさまざまな方法がありますが、基本は前立腺によって圧迫されて狭くなっている尿道を広くするということです。
【内視鏡手術】
- a. 経尿道的前立腺切除術(TURP)
- 尿道から内視鏡を挿入して観察しながら、電気メスで前立腺を削り取る手術です。通常、腰椎(ようつい)麻酔下に行われますが、患者さんの状態により全身麻酔で行う場合もあります。約50年前より存在し、歴史があり、有効性も認められたスタンダードな手術です。削り取った組織を検査して、前立腺がんが隠れていないかを調べることもできます。下腹部に膀胱瘻(ぼうこうろう)という管を短期間留置することがあります。
術中出血やTUR症候群(血中のナトリウムが低下することにより意識障害などをきたすもの)といった合併症の可能性がありますが、開放手術に比べるとずっと少ない負担で治療ができます。
当院で行っているのはこの方法で、尿の勢いの改善や残尿感のような症状の改善に優れます。 - b. 経尿道的ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)
- 内視鏡を用いた手術で、レーザーで腫大した前立腺をくりぬくように摘出します。通常、腰椎麻酔または全身麻酔で行います。TURPに比べ、出血が少なく患者さんへの負担が少ないので早期退院が可能です。症状の改善はTURPとほぼ同等ですが、装置が高額なのが難点です。当院では行っておりません。
- c. 経尿道的レーザー前立腺蒸散手術(PVP)
- 内視鏡を用いた手術で、レーザーを照射して前立腺を蒸散し、通過性を改善させます。通常、腰椎麻酔または全身麻酔で行います。出血は少なく、脳血管障害や心疾患で抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を内服していても、内服を休まずに手術できる利点がありますが、前立腺組織は蒸散してなくなってしまうので、がんの有無は検査することができません。当院では行っておりません。
【開放手術】
- 開放前立腺摘出術
- お腹(なか)を切開して前立腺を取り出す手術です。前立腺がんの手術の場合は前立腺を全部摘出しますが、肥大症の場合は、前述しましたようにみかんの皮を残し、実だけを取り出すように手術を行います。最近では内視鏡手術の進歩により行われる頻度は減少していますが、前立腺が非常に大きい場合などは検討してみてもよい治療法です。膀胱結石のような膀胱の病気がある方や尿道がきわめて狭くなっている方、砕石位(さいせきい)(お産のときのように足を広げて持ち上げた体位)をとれない方が対象になります。
【その他の手術】
- 尿道ステント
- 前立腺肥大症で狭くなった尿道にステントという管を入れ、尿道を内側から広げます。全身の状態が良くなく手術が難しい方、膀胱の働きに問題があり、先に述べた治療の効果が不明瞭な方などが対象となります。
3. 間欠導尿
手術ができない場合や、膀胱の働きに問題があって排尿ができなかったり、残尿が多い場合に、尿道からカテーテルを挿入して尿を排出させる方法です。長期間継続も可能ですが、出血や細菌感染などのリスクがあります。
4. 経過観察
前立腺肥大症は、患者さんのすべてが治療を要する病気ではありません。
前立腺が大きいだけでは治療する必要は必ずしもなく、あくまでも患者さん本人が気持ちよく排尿し、健やかに生活できればよいのです。症状があまり変わらなくても、排尿の妨げになる副作用のある薬を中止したり変えるだけで、あるいは生活習慣を改善することで良くなることもあります。いわば足し算の治療ではなく引き算の治療です。そのような場合は、様子をみていくこともできますが、残尿量の多い方は治療を受けることをお勧めします。
おわりに
「いや〜、泌尿器科っつうどこさ、いってよ〜、くすりだげではだめだっていわれで、カメラで手術してもらったっけ、おしっこが、若者にまげないぐらい、いぎおいがよぐなったんだっけ。おめもいってみろ」
「んだな。おれもいってみっぺ。うぢげのばあちゃんも近いって言ってだがら連れでって手術してもらうべ……」
ですから、女性の方は、ちがう病気ですが――。排尿に関する症状で受診されれば、当院泌尿器科は老若男女を問わず診察させていただきます。
更新:2024.10.28