増加する治療適応-人工血管置換術とステントグラフト内挿術 大動脈瘤

大垣市民病院

心臓血管外科

岐阜県大垣市南頬町

大動脈解離

心臓から拍出された血液を直接受け止める大動脈の壁は、血管の内側から、内膜、中膜、外膜の3層で構成されています。この3層のうち、内膜の一部に亀裂が入り、中膜が2層に剥離(はくり)することで、本来血液が流れていた腔(くう)(真腔(しんくう))とは別に、大動脈壁内に新たな血液が流れる腔(偽腔(ぎくう))が形成され、大動脈が動脈走行に沿ってある長さで二腔になっている状態を「大動脈解離(かいり)」といいます(図1)。原因には、高血圧症や脂質代謝異常症、糖尿病などに基づく動脈硬化症、二尖大動脈弁やMarfan(マルファン)症候群などの先天性疾患、外傷などがありますが、多くは動脈硬化症に伴います。患者さんは男性に多く、ほとんどが40歳以上の中高年の方となっています。

イラスト
図1 (a)正常の大動脈と(b)解離した大動脈を輪切りにしたイラスト。中膜が裂けて偽腔が形成され、真腔を圧迫している

典型的な症状は、解離の進行に伴って移動する、胸部から背部に至る突発的な激しい痛みです。しかし、解離が狭い範囲で収まるなどした場合、痛みを感じることなく無症状で経過することもまれにあります。また、広がった偽腔に真腔が圧迫されることで本来の血流が障害され、腹痛や手足の痛み、失神などの意識障害、狭心症(きょうしんしょう)症状を起こすなど、さまざまな症状を呈する可能性があります。診断には超音波検査ならびに造影CT検査が有用です。大動脈解離は発症から48時間以内の死亡率が高いとされており(*1)、早急な治療の開始が必要です。

治療には、解離した大動脈を人工血管に置換(ちかん)する外科的治療と、降圧剤などを用いて厳重な血圧管理を行う内科的治療があり、解離の範囲や偽腔内血流の状態、合併症の有無などから最適な治療適応を判断します。内科的治療を選択した場合でも、早期に偽腔径が増大する、あるいは偽腔開存型へ進行する場合があり、当院では、発症から1週間は集中治療室での厳重な管理を行うこととしています。発症翌日、1週間後、3週間後には造影CT検査を行って偽腔の変化を評価し、必要であればすみやかに外科的治療へ移行しています。

真性大動脈瘤

大動脈壁の一部が局所的に拡張した場合、もしくは全周性に直径が正常の1.5倍を超えて拡大した場合(胸部大動脈で45㎜、腹部大動脈で30㎜)を「大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)」といいます。原因には、高血圧症や脂質代謝異常症、糖尿病などに基づく動脈硬化症、外傷、感染、炎症などがありますが、多くは動脈硬化症に伴います。患者さんは男性に多く、発症のピークは男性で70歳代、女性で80歳代と推定されています(*2)。

自覚症状のないことが多く、健診のX線写真や他疾患の精査中にたまたま発見されることがよくあります。瘤径が拡大してくると、胸部大動脈瘤では嗄声(させい)(声のかすれ)や飲み込みにくさ、腹部大動脈瘤では腹満感、便秘などを呈することがあります。また腹部大動脈瘤の場合、拍動する腫瘤(しゅりゅう)を触れることで気づくこともあります。

破裂あるいは解離の発症予防、動脈瘤由来の末梢塞栓(まっしょうそくせん)予防、動脈瘤による凝固障害の予防が外科的治療の目的となります。大動脈瘤と診断されてもすぐに手術とすることはなく、半年から1年ごとにCTや超音波で検査します。全身状態や手術侵襲(しんしゅう)を勘案して、CT上の最大短径が、胸部では50~60㎜、腹部では45~50㎜よりも大きくなると、人工血管置換術やステントグラフト内挿術などの侵襲的な治療の適応を考慮します。

治療と遠隔期

胸部大動脈の人工血管置換術は、人工心肺装置を用いた体外循環下に、体温を28~20℃まで下げて行います。手術侵襲は比較的大きな手術となりますが、手術手技や人工血管の改良で手術成績は向上してきています。

これに対して、ステントグラフト内挿術は、足の付け根から太い管を血管内に留置し、その管を通して折りたたんだ人工血管を瘤化した大動脈内まで進めて行うため、比較的低侵襲に行うことができます。大動脈の形態からすべてをステントグラフトで治療することはできませんが、高齢などで人工心肺装置を用いた手術を諦めていた患者さんにも治療適応が広げられています(図2)。

イラスト
図2 (a)人工血管置換術と(b)ステントグラフト内挿術

2016年度1年間で、国内で行われた胸部大動脈瘤、大動脈解離に対する人工血管置換術あるいはステントグラフト内挿術は19,078例で、年々増加傾向にあります(*3)。

腹部大動脈瘤に対しても、人工血管置換術もしくはステントグラフト内挿術を行います。前者では瘤(こぶ)を切除できますが、お腹(なか)に大きな傷を必要とします。対して後者では、足の付け根から太い管を刺すための局所麻酔だけで可能な場合もありますが、瘤を残したままとなり、長期的に問題となることがあります。瘤の形態や患者さんの全身状態を考慮しながら、どちらの治療を行うかを決めていきます。

拡大あるいは解離した大動脈を、すべて人工血管に置換できない場合が往々にしてあります。また、解離に対する内科的治療においても、偽腔が消失せずに残る場合がしばしばあります。これらに対して、早期にステントグラフトを留置することで、偽腔の縮小・消失(大動脈リモデリング)が促進されるとされており(*4)、今後の治療成績向上が得られると考えています。

しかし、いずれにおいても、残った大動脈や偽腔の径拡大あるいは大動脈の再解離を予防するため、塩分を控えめにした食事を摂る、適度な運動を心がける、禁煙する、きちんと内服するなど、日頃からの厳重な血圧管理が重要となります。

【参考文献】
*1 Hagan PG, Nienaber CA, Isselbacher EM, et al. The International Registry of Acute Aortic dissection(IRAD): new insights into old disease. JAMA. 2000;283: 897-903
*2 Conrad MF, Crawford RS, Kwolek CJ, et al. Aortic Remodeling after Endovascular Repair of Acute Complicated type B Aortic Dissection. J Vasc Surg 2009; 50: 510-517
*3 『大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011 年版)』(日本循環器学会)
*4 Hideyuki S, Shunsuke E, Shoji N, et al. Thoracic and Cardiovascular Surgery in Japan during 2016 – annuak report by the Japanese Association for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2019; 67: 377-411

更新:2022.03.08