小児の虫垂炎ー最先端治療

いわき市医療センター

小児外科

福島県いわき市内郷御厩町久世原

小児外科が受け持つのは、生まれたばかりの赤ちゃんから15歳(中学3年生)までです。対象となる病気は、「脳と心臓、および骨折等」を除く、ほぼすべてとなります。今回は、市民の皆さまになじみの深い「小児の虫垂炎」に絞って、当院で行っている最先端の治療法を紹介します。

小児外科で行う――虫垂炎の診断と治療

1.虫垂炎という病気

虫垂炎(俗に「盲腸」とも呼ばれます)は、一生の間に6~8%の人が罹患(りかん)するといわれています。10歳から30歳代が好発年齢ですが、数は少ないものの2~3歳から発症の可能性があります。

現代の治療を適切に行えば、生命にかかわることはありませんが、それでも破れて腹膜炎になった場合には1~5%の死亡率といわれており、まだまだ恐ろしい病気であることに変わりはありません。特に小児は自分で症状を上手く伝えられないこと、腹痛や発熱などを起こす病気がほかにもたくさん考えられることなど、成人に比べて診断と治療には細心の注意が必要です。

就学前のお子さんでは、正確な症状を伝えられないこと、典型的な経過と異なることから、今でも「破れて腹膜炎にならないと虫垂炎と診断できない」ことが多いのが実情です。

2.虫垂炎の診断

右下腹の痛みが特徴的ですが、同じような症状を起こす病気はたくさんあります。昔、虫垂炎の診断は「経験豊かな外科医による触診」が主流でしたので、「神の手」が治療を決定していました。

現在ではそれに代わり「画像診断」が最も有力な方法です。その中でもメインとなるのは超音波診断です(図1)。当院では、およそ90%を超音波で見つけて、採血データが異常値を示すより早く診断ができます。虫垂はお腹(なか)の中で場所が移動するため、どうしても超音波で見つからないことがあり、その場合のみ腹部CT検査を行います。これにより診断率は95%以上になります。

写真
図1 超音波診断
普段は3mm程度ですが、虫垂炎になると10mm程度に腫れます

3.虫垂炎の治療

小児では保存的治療=「薬で散らす」ことはお勧めしません。

保存的治療は成人では最近になって行われている方法で、早期発見されれば30~60%の患者さんが手術をせずに受けられているようです。小児でも同様の方針をとっている病院もありますが、当院では「小児虫垂炎に対しては基本的に手術治療」を選択しています。その理由を以下で示します。

(1)穿孔(せんこう)腹膜炎の可能性がある

小児の虫垂炎は「破れやすい」という特徴があります。このため、保存的治療が上手く行かずに結局手術になる可能性は成人より大きくなります。

(2)再発する

一旦は薬で治療できたとしても、長期的には約40%の患者さんは再発するといわれています。小児はその後も長い人生がありますから、問題は持ち越すべきではありません。

(3)入院期間は保存的治療のほうが長くなる

「入院期間の短縮」で詳しく説明します。

腹腔鏡下虫垂切除術の実際

入院期間の短縮や術後の合併症の減少に明らかに貢献したのが「内視鏡を用いた手術(腹腔鏡手術(ふくくうきょうしゅじゅつ))」です。1990年代後半から2000年頃に広く行われるようになり、当院では2006年より基本的にすべての小児虫垂炎の手術を腹腔鏡下で実施しており、2018年末時点で計346例の実績があります。

従来の開腹手術は右下腹部に数㎝の切開を行いますが、腹腔鏡手術では「切る」というより3か所に小さな「穴を開ける」方法で実施します(図2)。30㎝ほどの長いカメラ、鉗子(かんし)、超音波メスを差し入れて(図3)大きなTV画面を見ながらの手術となります(図4、5)。切り取った虫垂を小さなビニール袋につつんでお臍(へそ)の創(きず)から取り出し、最後にあたたかい生理食塩水500~2000ミリリットルで洗浄して終了です。順調に進めば、1時間程度の手術です。

イラスト
図2 手術創〜開腹手術と腹腔鏡手術の比較
イラスト
図3 腹腔鏡手術のイメージ
写真
図4 腫大した虫垂
写真
図5 超音波メスで根部を切断

創が目立たないのはもちろんですが、痛みも少なく術後の回復が早いという特徴があります。通常は手術の翌日から歩くことができ、食事もとれます。

また、早期発見の軽症例はもちろん、発見が遅れて破れてしまったような重症例に対しても、この手術はより利点を発揮します。これまで数㎝の創から井戸の底を覗くような見えない部分の操作を余儀なくされていましたが、カメラですべてを見渡して確実に切除した上でしっかりと洗ってくることができるわけです。

入院期間の短縮

当院での小児虫垂炎手術症例の平均入院期間は、最近の10年間の集計で平均4.1日です。これには重症腹膜炎を含みますので、破れていない虫垂炎であれば「2泊3日」で退院となります(最近3年間では平均3.1日)。翌日からの登校も許可しています。他施設で、手術をせずに保存療法(「薬で散らす」方法)を行った結果、その入院期間は上手く治療できた場合でおよそ4日、手こずった場合は12日以上という報告があります。かつては保存的療法で手術を回避すると医療費の削減になるといわれていましたが、必ずしもそうではなくなってきました。

術後合併症の減少

以前は、虫垂炎手術から10年以上も経ってからの癒着による腸閉塞(ちょうへいそく)が有名な合併症でした。また、手術後間もなく、残った細菌が増殖するという「腹腔内遺残膿瘍(ふくくうないいざんのうよう)」も深刻な問題でした。腹腔鏡手術では前者はほとんど起こらなくなり、後者も激減しました。これも腹腔鏡手術の大きな恩恵の1つです。

待機手術という例外的な方法

当院でも「保存療法は一切行わない」という訳ではありません。ごく限られた条件下では保存療法も併用します。それは全国的にも広く認められた方法で、破れてしまった虫垂がお腹の中で「膿瘍」というカプセルを完成させてしまった場合や、無理に手術をして癒着した周囲の臓器(尿管や卵管など)を傷つける危険があると判断した場合です。

その場合は保存療法の後に一旦退院して、1~2か月後に癒着がとれるのを待ってから、あらためて2泊3日で腹腔鏡下の切除術を行い根本的に治します。しかし、きわめて例外的な場合に限られます。

当院で腹腔鏡手術ができる理由とは

「良いとこだらけ」の腹腔鏡手術ですが、全国的にはまだまだすべての小児虫垂炎に行われているわけではありません。かなり大規模な病院でも夜間緊急手術は「腹腔鏡手術不可」というところもあり、小児外科医だけでは実現できません。

当院では夜間休日を問わず、麻酔科医の全面的な協力体制があり、手術室スタッフや検査放射線部門も一丸となって、この優秀な手術成績を支えてくれています。

更新:2024.01.26